西暦二〇二五年、春。ぼくたちは中等部二年に進級した。
茨城県つくば市と土浦市をまたぐ広大な地域に再開発されたニュータウン「先進技術実証都市」セントラルノード・土浦シティ。その中でも、特に珍しい地上一階だけのスタイリッシュな白い校舎が自慢の、私立湯川学園の生徒だ。
「タケル、待ってぇ! はぁはぁ……一緒に学校行こうよ」
女子が上下を白で統一したセーラー服のスカートをなびかせながら、女のコ走りで駆け寄ってきた。
「おっ、咲良、おはよう」
「学校なんかすぐ近くなんだから、なにも走って追いかけなくてもいいだろう」
「うん、そうなんだけどね……」
「あー! タケルったら、また詰め襟あけてる。せっかく自衛隊みたいでカッコいい白い制服なんだからキチンと着なさいよ」
「うるさいなあ咲良……判ってるって。まわりの公立中学からうらやましがられているカッケー制服だって自覚はあるよ」
そう! カッコいい! ぼくたちの湯川学園は、茨城の……いや、日本全国で比較しても珍しい男女共に上下真っ白の制服で格好いい。カリキュラムも最先端教育の研究成果の検証も兼ねて、色々とめずらしい教材が頻繁に入ってくるんだ。
この土浦シティは「巨大複合企業体・戸澤コンツェルン」のグループ企業によって建設され、病院、学校、ショッピングモールなどほぼ全ての施設を運用している。しかも市役所や福祉事務所など行政機関にも社員を派遣している。なので何もかもが最先端で、そして格好いい。
「そうそう……あのね、タケル……今日、転校生が来るって話、知ってる?」
「そういや、うちの親父が言ってたな」
ぼくの父さんは、総合メーカー「
「咲良、また親の電話の盗み聞きしたな? なんでも二年生の全クラスに実験ロボットが納入されるとかなんとか」
「もうっ、タケルったら! 言い方っ! 実験ロボットじゃなくって、人型人工知能ユニットよっ? ユーアンダスタン? 感情を学ぶために来るって話よ」
「は?! 感情?」
咲良の父さんも勿論、世界の TOZAWA 勤務だ。うちの学校に通っている生徒はほぼそんな感じで、ここでは「みんな、
そんな理由かどうかはぼくらは知らないが、生徒は特別な理由がない限り、みな寮に入っている。学校までは二〇分程の道のりを歩いて登校だけど、近すぎるのも嫌だからちょうどいいと思っている。
飽和状態にある東京一極集中の抜本的解決を目指し、国土交通省と当時の政権与党の政治家により提唱され、十年前に始まった国家プロジェクト「段階的首都機能移転計画」の一環としてこの都市は建設された。今はまだ行政府は移転してきてはいないが、各省庁間の調整が進んでいないらしい。
――と、父さんは会社の人と話していたが、なんだか難しい話であまり詳しくは判らないけどさ。
ぼくの父さんは、元々八王子で小さな町工場を経営していたが、
「なあ? どんな実験ロボットか聞いてる? うちの親父は『人工知能がくるぞ!』としか言わなかったし……」
「うん、あのね、ただの『実験用ロボット』っていうより、もっと人工知能の研究のためなんだって。感情を学ぶとか、プログラムするとか……わたし達みたいに、色んなこと感じるのが目標らしいの。すごくなぁい?」
「へえ、感情を勉強か。そんなこと出来るんだな」
「まだどこまでできるかは秘密みたいだけど。二体来るって言ってたよ」
「『カイト』と『ナギ』っていう名前らしい」
「運動能力が高い男子タイプと、繊細な女子タイプなんだって」
「女子タイプ? かわいいのかそれ? 期待が高まるな!」
「……あのねぇ」
咲良は少しあきれ気味だったけど、こんな時、肩までの長いウエーブのかかった髪先をくりくりいじりながら、いつもこう言うんだよね。
「やれやれ、またか」
なんていうかさ、好き? っていうのではないんだけどさ。いちいち仕草が、かわいいんだよね。なので、好きに言わせておいている。
学校までの道は、まっすぐで碁盤の目のように、整った通りが続いている。寮のあるサブグリッド二番街から教育機関が集中しているサブグリッド三番街まで徒歩二〇分。まぁ朝の眠気覚ましには丁度よい距離かな。
朝のグリッド通りは静かで、道路脇には無人の宅配バンが停止し、何やら細長いアームでポストに荷物を届けていた。
少し前を、ライダーが乗っていない、小さな配膳バイクが横切っていく。きっと近くのカフェのモーニング注文だ。
ぼくたちは、それを横目に見ながら歩く。誰も驚かない。ここでは、それが日常なんだ。
「あっ、見て見て。サイネージのCM、新しくなってる」
と〜ざわ〜、と〜ざわ〜、未〜来をつな〜ぐ〜
心を動かす技術を、すべての人に TOZAWA ――戸澤製作所
デジタルサイネージの画面には、青空をバックにした真新しい研究棟、笑顔の家族、空を舞うドローンが次々を表示されていた。タケルが眉をひそめる。
「またこれかよ。毎朝流れてるじゃん」
「これさあ、うちの母さんが勤めてるデザイン部門で作ってたんだよ、あのCM」
「え、そうなの? ……あの曲、地味に耳に残るんだけど」
ぷっ、なんだその苦笑いは。気持ちは判るが……。
◯
校門をくぐり、いつものように昇降口へ向かおうとした僕たちの目に、異様な光景が飛び込んできた。
普段は教師の車が数台停まっているだけの場所に、今日は場違いなほど仰々しい黒塗りのベンツと、まるで秘密の調査機関が乗り付けてきたかのような、機械的な部品がむき出しになった巨大なマイクロバスが鎮座していたのだ。
周りには、普段は冷静な先生たちが数人集まって、少し焦った表情で何やら話し込んでいる。
奇妙な光景に少し戸惑いながら、先生たちの間を他の生徒たちが足早に通り過ぎていく。
「あれ……何あれ?」
咲良が信じられないものを見るような目で、その異常な車列を眺めている。ぼくも初めての奇妙な雰囲気に、胸騒ぎを感じていた。
もしかしたら……あれがそうなのか? とぼくと咲良は、それ以上なにも話さず、少し怯えたような目で静かにお互いを見つめていた。