今日は朝から憂鬱だ。あーあ、やだなぁ。何が嫌かって、女性医師でも胸を見られるのがすごく嫌! しかも触診とかいって触られるのも嫌すぎる。はぁ……。
みんなはなんとも思ってないのかなぁ。タケルは全然気にしてないどころか、いつもより元気で、朝から「午前中で終わるぜ!」なんて言ってた。男の子はいいよね、気楽でさ。
今日は健康診断の日で、寮から学校までの道を歩きながら、桜の花びらが舞うのを見ても気分は上がらない。制服のスカートがひるがえるたびに、少しだけ気持ちが軽くなるけど、やっぱり胸の奥が重いまま。
教室に着くと、女子たちはもう準備を始めてて、みんな平気そうに見える。わたしだけがこんなに緊張してるのかな。
◯
健康診断を実施する家庭科実習室に呼ばれたのは、優しい目をした女性医師だった。でも、それでも緊張は解けない。
視力、聴力、それに歯科検診も一通りすませて、外に止まっているレントゲン検査のバスで胸部の撮影までしてきた。あとは内科検診だけだから、もう少しで終わるはずなんだけど、やっぱりドキドキが止まらない。
最初にクラスメイトの藍沢さんが呼ばれた。藍沢さんはスタイルが良くて、いつも自信たっぷりな子だ。
医師が聴診器を当てて心音をチェックしたり、血圧を計測してる間も、藍沢さんは落ち着いた顔で座ってる。きっと結果もいいんだろうな、なんてぼんやり思う。わたしと違って、こういう場面でも平気そうに見えるのがちょっと羨ましい。
「高野さん、次はあなたね」
医師の声にドキッとして、わたしは立ち上がった。心臓がバクバクしてきた。
「はい、上着を脱いでください」
淡々と言う医師。わたしは顔が熱くなるのを感じながら、ゆっくり上着を脱いだ。クラスメイトの視線が気になって、恥ずかしくてたまらない。
医師が聴診器を胸に当ててくる瞬間、息を止めて目を閉じた。まだ成長途中だし、みんなと比べたら小さいんじゃないかって不安が頭をよぎる。触診で胸を軽く押されたときは、思わず肩がビクッとなった。
診察が終わると、医師が微笑んだ。
「高野さん、健康優良児ね。問題ないですよ」
「うふふ、わたしやるじゃん!」
内心ホッとして、小さくガッツポーズした。恥ずかしかったけど、少しだけ自信が湧いてきた。健康第一よねっ。
◯
次はナギの番。ナギは人工知能ユニットなのに、なぜか女子と一緒に健康診断を受けることになってた。医師もちょっと困惑してるみたいだったけど、ナギは無表情で測定器の前に立った。
「えっ、脈があるの?」
医師が驚いた声を上げた。ナギの腕に血圧計を巻くと、ちゃんと数値が出てる。
「血圧も正常……心音も、心電図まで取れるなんて……」
クラスメイトたちがざわめいた。わたしも目を丸くした。ナギって、見た目は人間と変わらないけど、こんなに完璧にできてるの? 藍沢さんが「ちょっとすごいね」と呟いたけど、ナギはただ静かに立ってるだけ。感情なんて一切見せない。
「ナギさん、あなたの身体は……人間とほとんど変わらないのね」
医師が感嘆の声を漏らした。ナギは小さく頷き、無機質な声で話し始めた。
(ナギの思考ロジック:汎用人型人工知能ユニットについての説明)
――説明内容推論開始――
(人間の医師への適切な説明)
(中学二年生女子の理解への配慮)
(ボディについての説明、その意義)
――説明内容推論完了(実行時間0.001秒)
――説明モード開始――
「私と、カイト、汎用人型人工知能ユニットは、人間と接する際に違和感が生じないよう、外観から人間と区別がつかない設計が施されています。人工皮膚や人工筋肉は、人間の肌や筋肉と同じ質感と動きを再現するために作られました。内部には、人間の循環器系を模した疑似循環器系が存在し、体温の維持や各パーツのスムーズな動作、状態の維持を可能にしています。また、人工皮膚の内側から外側に向けて、粘性のある分泌物が放出されることで、皮膚の潤いや柔軟性を保っています。これは、人間の体への応用を目指したサイバネティクス技術の実証試験も兼ねています。」
――説明モード終了――
医師が感嘆の声を漏らした。ナギの説明は完璧すぎて「すごい」という感想しかなかった。「まるで……人間と変わらないわ」
医師が呟くと、ナギは無表情のまま、ただ静かに頷いた。
◯
健康診断が終わると、ナギがわたしに近づいてきた。
「高野さん、あなたの診断結果に基づいて分析を行います」
「えっ、なにそれ……」
少し不安になりながら、わたしはナギの言葉を待った。
「高野さんの胸囲(座位)は※◯◯センチで、これは全国の中学二年生女子の平均※◯◯センチと比較して下位10パーセントに位置します。しかし、肋骨の発達段階および体格データとの照合から、二次性徴における予測成長量は上位20パーセントに相当し、今後12センチの増加が見込まれます。現時点での体脂肪率は18パーセントであり、これは運動量、基礎代謝、および摂取カロリーとの相関が良好であることを示唆します。ただし、予測される成長には十分なカルシウム摂取が不可欠です。」
顔がみるみる熱くなった。こんなこと大声で言われるなんて!
「な、ナギ! やめてよ!」
でもナギは無表情で続ける。
「骨盤の角度が平均より5度後傾しており、これは長時間の座位、特に読書時の姿勢習慣に起因する可能性が高いと推測されます。これにより、脊柱への負担が増加し、将来的に慢性腰痛のリスクが20パーセント増加する可能性があります。また、歩行時の骨盤の回転角度にも微細な非対称性が観測されており、これは歩幅の左右差に影響を与え、スカートのなびき方に周期的な偏りを生じさせます。」
クラスメイトたちがクスクス笑い始めた。わたしはもう、手で顔を隠したい気分だった。
「もうっ! ナギぃぃぃぃぃ!」
「左下肢の筋肉量は9.5キロで、右下肢の10キロと比較して5パーセント少ないです。これは日常的な重心の偏り、恐らく利き足の使用頻度や荷物を保持する側によるものと推測されます。これにより歩行時のエネルギー効率が10パーセント低下しています。また、この左右差は、特に加速時や方向転換時において、スカートのなびき方に非対称なブレを引き起こす可能性があり、制服の美観に影響を及ぼす可能性があります。」
藍沢さんが「あら、咲良ってそんなに左右差あるの?」と笑いながら言った。
「やめてよ、藍沢さんまで……」
わたしは顔を真っ赤にしてナギを睨んだ。でもナギは平然と続ける。容赦ない。
「クラスメイトの藍沢さんの体脂肪率は22パーセントですが、高野さんの体脂肪率は18パーセントで、4パーセント低くなっています。これは同等の運動量であれば基礎代謝が高い、あるいは摂取カロリーが少ないことを示唆します。しかし、藍沢さんのウエストサイズが60センチであるのに対し、高野さんのウエストサイズは62センチと2センチ大きい傾向にあります。これは遺伝的要因または幼少期の成長過程による可能性が考えられます。個人的な推論ですが、人間の美的感覚は主観的であり、文化的な規範に影響されます。ある人にとっては魅力的に映る特徴が、別の人にはそうでないこともあります。この多様性こそが人間の相互作用を興味深いものにしています。」
もう声も出なかった。恥ずかしさで体が硬直して、逃げ出したくてたまらなかった。クラスメイトは笑ったり、気まずそうに黙ったりしてたけど、ナギはわたしの反応を「人間の感情的揺らぎに関する観測データ」みたいに冷静に見つめてるだけだった。
「もうっ! ナギってば!」
ナギは無表情のまま、わたしの狼狽をただ観察してた。
◯
今回もポンコツなわたしと冷静なナギだった。健康診断が終わって、わたしは疲れ果ててた。ナギはなんでこんなこと平気で言えるんだろう? 人工知能だから心がないってわかってるけど、ちょっと怖いくらいだ。タケルはどうしてるかな……。今日のことを話したら、きっと笑うだろうな。でも、ナギの分析って、わたしのことを気にかけてるのかも? なんて思いながら教室を出た。
―― 第7話 破 おわり ――
(※ 胸囲について数値が◯◯になっていますが、こちらは読者様への配慮の為あえて伏せています。ご了承ください)