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第6話 さようなら



 「頼むよるい。目を覚まして。僕を見て……」


 壊れたるいの瞳は真っ黒で、命が毀れるように感情が消えるように涙が永遠と流れている。


 僕を忘れていいから、記憶から消していいから、君には生きてほしいんだ。僕は沢山の涙と叫びを嗚咽として吐き出しながら、彼女を抱きしめる。


 「るい?」


 ピクリとも動かない彼女は壊れた人形そのものだった。周りの人間は僕をずっと責め続けるだろう。きっと、もう彼女の傍にはいれない、永遠と……。


 僕が消えれば、君は元に戻るの?僕はただ君を愛してただけ、そしてるい、君も答えてくれた。


 「あああああああああああああああ」


 子供の頃のるいを思い出す。僕と君は年が離れていたね。環境が原因でいじめと虐待に耐えながらでも、表では笑顔だったのを覚えている。


 体に沢山の傷跡を残して、僕は当時の君と出会い、どうしても見て見ぬ振りが出来なかった。少しずつ大人になっていく度に、背中のミミズ腫れが落ち着いて、今では傷が残っていない。まるで最初からなかったように……。


 でもね、僕は君の隠された傷跡を知っているよ?それは右目の上側だよね。殆ど気にならないけど、くぼみが出来ている。よく見ると凹んでいるんだよ。一㎝位だし、昔に比べては誰も気付かないだろうね。


 ――僕以外はね。


 ねぇお腹は大丈夫かい?君が内蔵弱くなったのも、毎日蹴られていたからだよね。時々心臓が痛むんだろう?僕は知っているよ。


 ――君の心の一番は僕の居場所だからね。


 見えないよね、僕の姿。そうだよね。僕は『もういない』存在なんだから。それでも我儘を言うとね、せめてきみの記憶には存在していたかった。


 僕と君を引き裂こうと君を地獄へと叩きつけた周りは、君の心から僕の存在を消した。こんなふうに複数の人間が一人を攻撃すると、簡単に心が死ぬんだと現実を知ってしまった。


 僕は泣きながら、彼女の名を呼びながら、右手を伸ばす。せめて最後に君に触れたい。


 ――愛している永遠に。


 ◇◇◇◇◇


 貴方はだあれ?


 僕はその言葉で、たったその一言で、彼女の前から姿を消した。


 笑顔で僕を見つめてきたるいは、初めて会った時のように優しく僕を……。


 ――さようなら。僕の愛した人。


 ◇◇◇◇◇


 私は長い間眠っていたみたい。でも不思議なの。二年間の記憶がないの。思いだそうとすると頭がズキズキして、おかしくなりそうで、怖い。


 ――まるで思い出してはいけないと誰かに言われているみたい。


 知らない男性が私の右手を握りながら、悲しく微笑んでいる。見ていると心臓が飛び跳ねて、息苦しくなる。それでも、私にはこの男性が誰か分からない。


 ――ねぇ特別な存在なの?貴方って。


 「貴方はだあれ?」


 そう聞くと、傷ついたような表情をして、私に言葉を残して去っていく。


 『幸せになってねるい


 どうして貴方は私の名前を知っているの?るいと呼ばれると涙が毀れそうになるのはどうして?


 過去の私の呟きが聞こえた気がした。


 ――私の愛した人、さようなら。


 風の音になって現在いまの私には何も聴こえない。




 ただ涙が溢れる……どうして?




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