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第二話 冒険者の男の子たち

「しかし暇だ」


 私は今日、何度目かわからない欠伸あくびをした。


「それっていいことじゃないか。平和だってことだろ?」


 そう言って私の背中を叩いたのは幼馴染でギルドマスター兼、自身もBランクの冒険者であるガンドルフィだ。


 ガンドルフィは日課である「沼地のトロール」の監視から戻ってきた所だった。


 「沼地のトロール」はCランクのモンスターでマーカロン村のボスモンスターだった。

 ボスと言ってもCランクなのはさすが長閑のどかなマーカロン村といったところだが、Bランクのガンドルフィなら討伐できないわけではなかったが、討伐せずに監視するだけにしているのにはがある。


 それはボスモンスターがいれば討伐目当てで冒険者が訪れてくれるかもしれないからだ。


 残念ながらボスモンスターとはいえ、わざわざCランクのトロールを討伐しに遠路はるばるマーカロン村までやって来てくれる冒険者はいなかったが、トロールも村から少し離れた沼地で大人しく暮らしていて、特に被害もなかったのでそのままにしていた。


「今は暇だが、もうすぐが来るぞ。そしたら少しは賑やかになるんじゃないか?」


 そう言ってガンドルフィはニヤつき笑いをしたが、私はうんざりした。


 確かにもうすぐがやって来る時間だった。


 そして噂をすればなんとやらで、そのがやって来た。


! おはよう!」

「ごきげんようでございます、

姉さん、おはよう……」


 冒険者ギルドの扉を盛大に開け放ったのはマリオット、ジェラド、パナンの三人だった。


 パナンは私の実の弟でマリオットとジェラドはその友達だ。

 まだ子どもだが、十歳になったこの子たちは、ギルドに登録を受理された冒険者だった。

 但し、ランクは「E」で、しかも年齢制限の為、強いモンスターの討伐依頼は受けられない。

 この子たちが受けられるのは薬草の採取や鉱石の採取、他には村を囲む柵の点検や見張りくらいだ。



「おはよう、君たち。まず今朝もこれから言っておくけど、私はシルヴィア=シルヴァーナ。じゃないわよ。シルヴィアお姉さんって呼んでね。「綺麗な」をシルヴィアお姉さんの前に付けてもいいわよ」


 私は左目をバチンと閉じて笑顔で合図を送ったが───。


「わかったよ、シルシル。ちゃんとシルヴィアお姉さんって呼ぶよ、シルシル」

「お姉さんとは若い女性を意味する言葉なのです。シルシルはどちらかというと───あ、いえなんでもないのです、シルヴィアお姉さん」

「シルブ……シルベ……シルウイー……。うぅ……。シルシル姉さん、言いにくいよ。とにかく、はい、これ。今日のお弁当。お母さんが今日もお仕事頑張ってねって言ってたよ」


 どうやらはこの子たちに私を「シルヴィアお姉さん」と呼ばせることは困難なようだ。


「「「それじゃあシルシル! 今日も僕たちに依頼をちょうだいっ!」」」


 受付カウンターから身を乗り出して宝物でも見るかのようなキラキラとした目で私を見つめる子どもたち。


 仕方なく私はいつもの依頼書をスッとテーブルに滑らせた。


「え~。また薬草の採取かよ~」

「依頼主は村の薬屋さんなのです。これもいつもと同じでなのです」

「シルシル姉さん、僕たち先週、FからEランクの冒険者になったんだよ。他に依頼はないの?」


 子どもたちは毎日同じ薬草採取ばかりでうんざりといった様子だった。

 しかしまだ十歳のこの子たちに他の依頼をさせるわけにはいかなかった。


「ごめんなさいね。今日もこれしかないの。でも他に例えばモンスターの討伐依頼とかがないってことはマーカロン村が平和だってことなのよ。それは良い事なんだから喜ばなくちゃ」


 私がそう言うと、隣でガンドルフィが失笑した。

 さっき私が「暇だ」と漏らしていたのによく言うぜという感じだった。

 少なからず腹が立ったので後で懲らしめてやろうかと思ったが、ガンドルフィはこの村の冒険者ギルドのマスターで、私の上司でもあるのでこらえることにした。


「それよりパナン。あなたちゃんと朝ゴハンを食べたんでしょうね?」


 華奢なパナンに私は確認をしたが、パナンは悪びれた様子もなく「食べてないよ」とのことだった。


「なんで食べないのよ。ちゃんと私が朝食を用意しておいたでしょう?」


 そう言われたがパナンは小首をかしげ「朝食なんてあったかな?」という様子だった。


「確かテーブルの上に大きなトカゲの尻尾しっぽなら置いてあったけど……。そういえばあれってなんだったんだろう? まだピクピク動いていて凄く気持ち悪かったよ。誰かのイタズラかな? お母さんにお願いして、悪い人が家に入って来ないように扉に鍵が掛けられるようにしてもらわなくちゃ」


 なんということだ。

 せっかく私が用意した新鮮な蜥蜴人リザードマン尻尾しっぽを食べなかったのか。


 私が昨日、たまたま村の外れで蜥蜴人リザードマンがノコノコ歩いているのを見つけて「こんな田舎のマーカロン村に蜥蜴人リザードマンがいるなんてラッキー!」と喜び勇んで顔面をぶん殴り、気絶した蜥蜴人リザードマンから引きちぎって持って帰った尻尾しっぽだというのに。


 私は心底がっかりという溜息をついた後、自分が受け取ったお弁当をパナンに渡し返した。


「それじゃあ、このお弁当はあなたが食べなさい」


 パナンは「え? それじゃあシルシル姉さんはお昼ゴハンはどうするの? あとこのお弁当、やたらとお肉ばっかりで、ボクはこんなに食べれないよ」と文句をいったが「ちゃんとゴハンを食べない腹ペコの冒険者に依頼は受けさせてあげません」というとしぶしぶお弁当を受け取った。


「あ~。はやくモンスターの討伐依頼を受けたいよ」


 マリオットは後ろ頭に手を組んで不平を漏らした。


「せめて洞窟へ鉱物の採取に行きたいであります。……ひょっとしたら小型のモンスターくらい潜んでいるかもしれませんので」


 ジェラドは打算的だった。


 つまらなさそうな子どもたちをガンドルフィが励ました。


「お前たち、薬草採取だって立派な依頼なんだ。疎かにしちゃだめだぞ。そして俺を見てみろ。俺はずっとマーカロン村の依頼だけをこなしてBランクの冒険者になったんだ。お前たちも毎日コツコツと依頼をこなせば、いつかきっと俺みたいになれるぞ」


 そういってガンドルフィは胸を張ったが、子どもたちはジト目だった。


「ガンドルフィじゃな~……」

「ガンドルフィではなのです……」

「ボ、ボクはガンドルフィの事は好きだよ。薬草を見つけるのが早いし、柵の修理も手際がいいし、僕たちともよく遊んでくれるから。あ、遊びじゃなくて戦いの稽古だっけ?」


 私は溜息をついて立ち上がると「とにかく私はお昼休憩でゴハンを食べに行きたいから、あんたたち、早く依頼を受けるのかどうか決めてちょうだい」と子どもたちをせかした。


 すると三人の小さな冒険者は薬草採取の依頼書をしぶしぶポケットにしまい込んだ。

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