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第九話 マーカロン村のボスモンスター①

「シルシル、なんでここに!?」


 マリオットは私が突然現れたことにとても驚いていた。


「トロールの討伐依頼書を持ち出したことがばれたのでありますね。でもここに来るには途中、険しい山道を登らないといけないのです。膝を痛めたシルシルには登れないはずなのです」


 ジェラドは私がどうやってトロールの沼地まで険しい山道を登ったのか不思議に思ったようだ。


「私がどうやって沼地ここまで来れたかの詮索と、あんたたちが冒険者ギルドの依頼書を勝手に持ち出したことのお説教は後よ。とにかくあんたたちはあそこの岩陰に隠れてなさい」


 私は取り急ぎ子どもたちを危険から遠ざけようと岩陰に隠れるよう指示した。


 しかし───。


「いやだッ!」「そうなのです。それはダメなのです」


 マリオットとジェラドは指示に従わなかった。


 私は子どもたちが言う事を聞かないことに驚くと同時に苛立った。


 そして「あんたたちがいると邪魔なのッ! さっさとここから離れなさいッ!」と怒鳴りつけようと思ったのだが───。


「シルシルを放ったりなんかしないッ!」

「そうなのです。シルシルは膝を痛めているのです。そんなシルシルを残して自分たちだけ隠れるなんてできないのであります」


 マリオットとジェラドが私の左右に集まり、トロールに対し、折れた剣と杖を構えた。


 私は二人の勇敢な行動に驚いた。

 そして健気にも私を守ろうとする男の子たちの姿に感動した。

 私がSクラスの冒険者で勇者パーティーの剣聖だったとも知らず、ましてやまだ子どもなのに私を守ろうとするなんて。


 いつまでも半人前扱いしていた彼らのことを私は急速に一人前の冒険者として認識するようになった。


「やるじゃない、あんたたち。見直したわ。年を取ると涙もろくなるっていうのは本当ね。泣けてきちゃったわ」


 私は目頭を押さえたい心境だった。


「それじゃあ、あんたたちに是非ともやって欲しいことがあるからお願いするわね。パナンが投げた眠り薬を三人で探して拾ってきて。あのアイテムが必要よ」


 私がそういうと子どもたちは「そうだッ! あの薬ッ!」「あれがあればトロールを眠らせられるのでありますッ!」「い、急ごうッ。シルシル姉さん、ボクたちがすぐに取ってくるから待っててねッ」と大慌てで走り出した。


 もちろん眠り薬が必要というのは嘘だ。

 そうすることで子どもたちを危険トロールから遠ざけることが目的だったが、まんまと作戦は成功した。


 こういう所はまだまだ子どもね。


 私は大慌てで眠り薬を探し回る子どもたちに「フッ」と鼻を鳴らした。


「さて、それじゃあ、トロール。ごめんなさいね。あなたに罪はないけど一度でも人に牙を剥いたモンスターは討伐しないといけないの。悪く思わないでね」


 私は受け止めたトロールの拳を払い退けるとトロールに対して剣を構えた。


 トロールは自分が軽々と払い退けられたことに目を丸くしたが、さらに興奮した様子で地団太を踏み、暴れ出した。


「苦しまないように一瞬で終わらせてあげる。それがSランク冒険者で、元勇者パーティーの剣聖だった私のせめてもの情けよ」


 トロールは沼地の泥を蹴り上げて私に浴びせかけてきた。


 そうするだろうということを私は予測していた。

 それは目潰しや牽制の意味があるのだろうが、小賢しい行為だった。

 そんな小細工は私には通用しない。


 私は泥を避けるでも払うでも受けるでもなく、


 剣を構えて突進する私。

 その圧力を前に泥ごときは薄紙うすかみれているのに等しかった。


 想定外の出来事に驚いたトロールは思わず一歩後ずさったが、その弾みでよろめいて尻もちをついた。

 無様だったがそのおかげで私の必殺の刺突しとつすんでの所で免れた。


 いつもの私なら、狙っていたトロールが尻もちをつくなど、その程度の不意の出来事イレギュラーならまるで意に介さず、狙いを修正してトロールに剣を突き立てただろう。

 しかし、今回は戦いの場が沼地ということがあって足を取られた私はトロールを討ち漏らしてしまった。


 しかし、それでもさすが私はSランク冒険者で元勇者パーティーの剣聖。

 しっかりとトロールの肩口に剣を突き刺し、肉をえぐっていた。


「グォォオオォォォォッ!」


 トロールは傷口を押さえ、痛みに咆哮を上げた。

 その悲痛な叫びに私は胸をいためた。


「ごめんなさい。苦しませるつもりはなかったの。すぐに終わらせてあげるからね」


 私は剣を引き抜き、トロールにとどめを刺すべく振り被ったが、その隙にトロールは脱兎の如く逃げ出した。


 私を敵わない相手だと認め、脇目も振らずに逃げ出す行為は生物として正しい判断だった。

 私はその哀れな背中を追うと一瞬で距離を詰め、剣の間合いにトロールの首を捕らえた。


「これで終わりよ」


 私は無慈悲に剣を振り下ろそうとしたが、その時───。


 私は自分の横顔に大きな塊が迫るのを横目で捉えた。

 咄嗟にかがんでその塊をかわす。

 それは大人の頭ほどもある大きな石の塊だった。


 こんな石の塊がどこから?

 ───いえ、というべきかしら。


 私が周囲を改めて見渡すと岩陰から別のトロールがあらわれた。


「なるほど。そうだったのね。それは知らなかったわ」


 私は少し緊張した。


「沼地のトロールって二体いたのね」


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