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第十話 マーカロン村のボスモンスター②

 トロールは沼地に好んで生息する。

 沼地は彼らトロールの好物の蛙が豊富で、また彼らトロールとなる蛇も蛙を狙って多く集まる場所だった。

 他の生物なら足を取られて移動しにくい沼地も、彼らの大きくて武骨な脚なら苦も無く動き回れた。


 その為、沼地はトロールにとっては快適な住処で、沼地にいるトロールは地形的優位フィールドパッシブの恩恵を受ける。

 その結果、モンスターのランクでいうとCランクからBランクの上位と同等の難敵なんてきに昇格していた。


 そんなBランクモンスターが二体───。


 厄介な状況だったが、私の顔は涼しかった。

 常人なら狼狽うろたえてしかるべき状況だろうがSランク冒険者で元勇者パーティーの剣聖だった私にはどうということはなかった。


 これまでにも私はこれ以上の危機的な状況に何度も直面し、そして潜り抜けてきた。


 沼地のトロールに左右を挟まれ、じりじりと距離を詰められる状況など、どうということはなかった。


 しかし、私はその瞬間、


 こうした状況時には、いつも私の背中に寄り添ってくれるがいたことが思い出されたのだ。


『シルヴィア。俺が右のトロールを相手にする。君は左のトロールを頼む』

『ええ、わかったわ。私に任せて、

『ああ、さすがだな、シルビア。やはり俺の背中を任せられるのはシルヴィアしかいない』

『ありがとう、勇者。私もあなたと一緒ならトロールが何体いようが負ける気がしないわ』


 私は自分の背中が頼りないというか、寂しいというか、虚しいというか───あるべきものがないという空虚感を覚えた。

 まるで今の私は衣服を身に着けておらず、肌をあらわにしてしまっているかのような心許無こころもとなさだった。


 私はまだ勇者に対して傷心していた。未練だった。


 自分の弱さを痛感した私だったが、今ここにいない勇者を恋しく思っても仕方がない。


 私は頭を振って自分を取り戻すと、改めて剣を構えて二体のトロールに意識を向けた。


 しかし、そうすればそうするほど、背中に隙間風すきまかぜが当たるような寂しさが強まった。


 だが───。


 だが、その時───。


 だが、その時、私は背中にふかふかの毛布をかけてもらえたような温かさを覚えた。

 懐かしい心地良さ。今の私が何より欲しいと願ってやまない温かさ。

 心地良く、愛おしく、手に取って頬ずりしたくなるような温かさ。

 なんて素敵な温かさなんだ───。

 この温かさに包まれていれば、私はどんな災いからも守られる。どんな困難にも立ち向かえる。そして打ち勝つことができる。

 そんな安心と勇気をもらえる温かさだった。


 私は何事かと思い、自分の背後を振り返った。

 そして私は自分の目を疑った。


「……え? ゆ、勇者? ゆ、勇者なのか?」


 私の背後には勇者がいた。それは見間違いではない。紛れもない姿だった。


 どうして勇者がここに……!?


 私は心臓の鼓動が跳ね上がった。胸を殴られたかのような衝撃だった。

 周囲の音がすべて消え、ただただ自分の心臓の鼓動だけがうるさかった。


「俺が勇者なのかだって? ああ、そうだ。俺は勇者だぞ。ピンチの時に颯爽とあらわれる勇者だ。ふだんは頼りないがいざと言う時は頼りになる勇者おとこ。それがマーカロン村の冒険者ギルドのギルドマスター、Bランク冒険者のガンドルフィ様だ」


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