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第十一話 マーカロン村の勇者

「ガ、ガンドルフィッ!? ど、どうしてここにッ!?」


 私は驚愕の声を上げた。


「「「ガンドルフィッ!」」」


 子どもたちも自分たちが誰よりも頼りにしている大人ガンドルフィの登場に歓喜とも安堵ともとれる声を上げた。


「そういうシルヴィアこそなんでここにいるんだ? 冒険者ギルドで待ってろって言ったのに。それにどうして俺より先に沼地ここにいるんだ?」


「そ、それは……」


 私は言い淀んだが、それより何よりガンドルフィがこのタイミングで沼地にやってきたことに驚いた。

 沼地にたどり着くには途中、険しい山道を登らなくてはならない。

 ガンドルフィが到着するのはまだまだ先だと私は思っていたのだ。


「伊達に毎日、沼地をパトロールに来てるわけじゃないぜ。それに実は近道があってな。といっても普通の人なら道とは言えないような岩壁がんぺきだったり、到底飛び越えられないような岩の裂け目を飛び越えたりという道なき道だ。Bランク冒険者の俺だから辿れる近道ってことだな」


 ガンドルフィは得意満面だった。


 そのドヤ顔に私は少なからずイラつきを覚えた。


 あとで私が辿った近道を見せつけてやろうか?

 こっちはお前ガンドルフィがいう岩壁がんぺきなんかとは比べ物にならないだからな。岩の裂け目だってくらいの幅があるんだ。腰を抜かせてやる。


 そんなことを考えている私をガンドルフィは不意に現実に引き戻した。


「それよりシルヴィア。俺が右のトロールを相手にする。お前は左のトロールを頼む」


「へ? ふぇ? あ、え、ええ、わかったわ。私に任せて、勇者───じゃなかった、ガンドルフィ」


 どこかで聞き覚えのある台詞セリフ

 これまでに数えきれないほどこうした会話を繰り返した記憶が蘇る。


 私は不覚にもガンドルフィの今の姿に勇者の姿を重ねてしまった。


 どうして……? なんでガンドルフィなんかが勇者と重なるの?


 こんなに背が高くて筋肉質で腕も太くて胸もぶ厚くて逞しくて……。

 ん? あれ? つまり強そうってこと?

 それによく見ると髪はサラサラでちゃんと床屋に通って髪型も整えられていて清潔感があるわね。あ。髭も綺麗に剃ってる。無精髭ぶしょうひげの印象があったけどそんなことなかったわ。あとシャツもちゃんと洗濯してるみたいで清潔そうだし、装備も手入れが行き届いてピカピカだわ。

 それにコイツガンドルフィの背中───……。コイツガンドルフィの背中ってこんなに大きかったっけ……?


「いくぞッ! シルヴィアッ!」


 そんな物思いにふける私を残してガンドルフィは足を蹴ってトロールに向かった。


「あッ……! え、ええッ! わかったわッ!」


 私もガンドルフィに倣い、もう一体のトロールに向かう。

 そして私は難なくトロールを打ち倒した。


 自分の仕事が終わった私はガンドルフィを振り返る。


 無事かどうかとても心配だったのだ。

 しかし、そこはさすがガンドルフィもBランクの冒険者だった。

 地形的優位フィールドパッシブの効果を受けたトロールに手こずるも、トロールの振り回す拳をジャンプでかわし、そして───。


「喰らえッ! ───ッ!」


 空中で大きく剣を振りかぶるガンドルフィ。

 太陽を背にまるで上昇気流に乗って天高く舞う鳥のように飛び上がった。


 その姿に子どもたちが歓声を上げた。


「でたッ! ガンドルフィのッ!」

「そうなのです。あれこそ

「うわ~……。かっこいい~……」


「「「いっけぇぇええぇぇッ! ガンドルフィッ!」」」


「「「「ーッ!!!!」」」」


 一人の大人と三人の子どもの思いと声が一つになる。


 その熱量は凄まじく、私は灼熱の砂漠で熱波に襲われたような圧力を覚えた。


 と、同時に自分が色を失い、真っ白な灰になってしまったような「はっ? コイツら何言っての?」という虚無感に襲われた。


 ガンドルフィが単に飛び上がって、その勢い任せに剣をただただ真っ直ぐ振り下ろしただけの一撃は、まあ、確かに見事にトロールにまともに炸裂クリティカルヒットした。

 偶然にもガンドルフィが太陽を背にしたことでトロールの目が眩み、トロールの対処を封じたのだ。

 もし狙ってそうしたのであれば見事ではあるが、恐らくこれは意図した策略ではなく、単なる偶然だろう……。


「フッ……。決まった。やはりマーカロン剣術は最強。あらゆる悪を討ち滅ぼす」


 どこに向かって台詞セリフを吐いているのかわからないが、剣を突き上げ、決めポーズを披露するガンドルフィ。

 そしてその回りに子どもたちが群がり口々に「すげーよ、ガンドルフィッ!」「お見事なのです、ガンドルフィ」「すっごくかっこよかったよ。ボク見惚みとれちゃった」とガンドルフィを賞賛した。


 私はますます色を失い、もはや自分が風に流される灰のようにサラサラと崩れ去るような心境だった。


 しかし、その時、私は背筋に悪寒を覚え、急速に自分の色を取り戻した。


「グォォオオォォォォッ!」


 私が振り返ると、先ほど倒したはずのトロールが両手を振り上げていた。


「ッ!? まさかッ!? どうしてだッ!?」


 私は確かにトロールの息の根を止めたはず。

 それなのに何故トロールが私の真後ろにッ!?


 私は咄嗟に剣に手を伸ばしたが、間に合わない───。


 振り上げたトロールの拳は私に向けて勢いよく振り下ろされていた。


 私はSランクの冒険者。元勇者パーティーの剣聖だ。

 恐らくこの一撃を喰らっても死ぬことはないだろう。

 だが今の私はその当時の鎧姿ではない。田舎の農村の冒険者ギルドの受付嬢姿だ。

 防具によるダメージの軽減がない分、手痛いダメージは被るだろう。

 だが仕方がない。

 その痛みを享受した後、すぐさま反撃して一撃で切り伏せてやる。

 そう私は判断して覚悟を決めたが───。


「パナンッ! 投げるんだッ!」

「そうです。シルシルを救うのです」

「う、うんッ。まかせてッ。喰らえーッ! 僕が徹夜で調合した眠り薬ーッ!」


 子どもたちの思いを乗せてパナンの手から眠り薬が解き放たれた。

 それはゆっくりと宙を舞い、ゆるやかな放物線を描くとトロールの顔に直撃した。

 瓶が割れ、中から紫色のいかにも身体に悪そうな煙がポワンと撒き上がる。


 そしてすぐさま効果を発揮すると、トロールの意識を奪い去った。


 振り下ろされたトロールの両腕は急速に力を失い、私の目の前に崩れ落ちるかのように投げ出された。

 次いでトロールも膝を落とし、顔を沼に突っ伏して倒れた。


「や、やった……。当たった……」


 誰よりも信じられないという顔をしているのはパナンだった。


「すげー! パナン! なッ!」


 マリオットがパナンの肩に抱きつき、親友の快挙を祝した。


「さすがなのです。パナンもやっぱりガンドルフィの弟子なのです。師匠同様、やる時はやるのです」


 ジェラドも同じくパナンに抱きつき、三人は喜びを分かち合った。


「も、もう一体いたのか……。それは知らなかった」


 沼地のトロールは三体いた。

 それは毎日沼地をパトロールに来ていたガンドルフィも知らなかった事実だった。


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