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第十三話 子どもたちの計画

「それで、なんであんたたちはトロールを討伐したかったの?」


 私は受付嬢の椅子に深く腰掛け、足と腕を組み、威圧的な態度でマリオット、ジェラド、パナンの三人を詰問した。


「それはこれが欲しかったからさ」

「そうなのです。どうしてもこれが必要だったのです」


 マリオットとジェラドがトロールの生首をテーブルにドスンと置いた。


「トロールの生首? なんでそれが───?」


 眉をひそめる私の前で、今度はパナンが木のボウルを取り出すと「こうするんだよ」といって子どもたち三人で


 ぶびゅる。ぶびゅぶびゅぶびゅぶびゅぶびゅ~。


 気持ち悪い音と共に、トロールの鼻からドロリとした腐った泥水のような、緑色に濁った鼻水がボウルの中に絞り出された。


 すぐに冒険者ギルド中に腐敗臭のような悪臭が充満した。

 ガンドルフィが慌てて窓を開けに走った。


「臭いッ! 気持ち悪いッ! ちょっと、あんたたちッ! 何をするのよッ!?」


 そんな私の非難をよそに、パナンが『黄金の蜂蜜ゴールデンジェル』を取り出すと、慎重に一滴だけトロールの鼻水に垂らした。


 その瞬間、トロールの鼻水がパーッと光を放ち、濁った緑色から、濁った翡翠色に変化した。


「え? これって……」


 私は鼻を押さえながら出来上がったボウルの中身に注目した。


「これは『良薬は口に苦しゲロマズエリクサー』だよ。トロールの鼻水には全ての病を退散させる効果があるんだ。それに『黄金の蜂蜜ゴールデンジェル』を一滴たらすことで完成するんだ」


 パナンがすらすらと説明をした。


 確かにトロールの鼻水にはそうした「病を退散させる効果」があった。

 発熱、喉の痛み、頭痛など風邪の諸症状には効果的で、確かにこんな臭くて気持ち悪い鼻水を飲んだらショックで風邪の諸症状なんて吹き飛んでしまう事はと私は納得した。


 そんなトロールの鼻水に全ての高級薬エリクサーの基本となる万能薬『黄金の蜂蜜ゴールデンジェル』を加えることで『良薬は口に苦しゲロマズエリクサー』ができるとは。


 私は驚いたが疑問が解消したわけではなかった。


「『良薬は口に苦しゲロマズエリクサー』って聞いたことはあるけど、どんな効果があるの? それになんであんたたちがこの薬を必要としてるの?」


 三人は顔を見合わせてお互いに頷き合うと、意を決して真相を語り始めた。


「『良薬は口に苦しゲロマズエリクサー』にはあらゆる怪我や病を治す効果があるんだ」

「そうなのです。そしてそれはきっとのです」


 私は「え───?」と声をあげた。


「わ、私の膝?」


「そうだよシルシル姉さん。この『良薬は口に苦しゲロマズエリクサー』を飲めば絶対に膝が治るよ」


「「「オレ・私・ボクたち、どうしてもシルシルの膝を治してあげたかったんだ」」」


 私は鳩が豆鉄砲を喰らったかのように目を丸くしてしまった。


「そ、それじゃあ、あんたたち……わ、私の為に……?」


 三人の子どもたちはコクンと頷き合った。


 なんということだ……。私は感動で胸が熱くなったが、同時に自分が膝を痛めたという嘘をついたことが子どもたちに危険を冒させる引き金となったことを恥じた。


 さまざまな感情が渦巻き、狼狽ろうばいした私だが、そんな私の目の前にマリオット、ジェラド、パナンは『良薬は口に苦しゲロマズエリクサー』をボウルごと突き出した。


「「「それじゃあ、シルシル、!!!」」」


 それは純然たる善意だった。

 私を見つめる子供たちのキラキラとした目は眩しく、私は光の清らかさにあてられた。


 ───が、しかし。


「うぅっ、お、おぇぇええぇぇぇっ。む、むりぃぃ。臭いし見た目が最悪だし、こんなの人が飲むものじゃないよ」


 私は顔を背けて拒絶した。


 いや、ここは感動の場面で子どもたちの善意を汲み、どんなに不味そうでも飲むべき所だと頭ではわかっていた。

 しかしどうしても───どうしても『良薬は口に苦しゲロマズエリクサー』を飲む勇気を私は持てなかった。


 思わず逃げ出そうとした私だったが、そんな私の両肩を後ろからガンドルフィががっしりと掴んだ。


「ガ、ガンドルフィ!? な、何をする!?」


 私は身をよじって振り解こうとしたが、ガンドルフィは思った以上に力が強く、本気を出さなければ脱出できなさそうだった。


 私が本気で抵抗しようかと思ったその時、ガンドルフィは私に顔を近づけ小声で耳打ちしてきた。


(子どもたちの善意を無駄にする気か!?)


(し、しかし、ガンドルフィ……! これは明らかに人が口にしていい物ではないぞ!)


(いいから飲め! そしたら膝が治ったことにできるだろ!)


 なるほど。それは確かに。

 私は納得しかけたが───。


(いや、しかし駄目だ! あまりに臭いし見た目が悪すぎる!)


(俺がお前の背中を守る! だから頑張れ!)


 そういってガンドルフィは尚もしっかりと私の両肩を掴み、背中を支えた。


(ちがう! ガンドルフィ! 私は誰かに背中を守って欲しいが、だがこんな守り方───こんな守り方は私の望む守り方とは違う……!)


 私は必死に抵抗したがガンドルフィは執拗に私を抑えつけた。


 そんな私に一歩、また一歩をと『良薬は口に苦しゲロマズエリクサー』が入ったボウルを持って子どもたちが迫ってきた。


 もう『良薬は口に苦しゲロマズエリクサー』は私の目と鼻の先だった。


「「「さあ、シルシル!!! これを飲んで早く良くなってね!!!」」」


(飲め! シルヴィア! お前ならできる! 頑張れ!)


 前門の子どもたち、後門のガンドルフィ。


 私は進退窮まり、そしてついに───。ついに───。


 これまでSランク冒険者として、そして勇者パーティーの剣聖として数々の死線を潜り抜け、あらゆる困難に直面してきた私だったが、これ程までの死地しちは初めてだった。


 私の悲鳴がマーカロン村の隅々にまで鳴り響いた。


 皮肉にも、それは私の膝が完治した事を知らせる祝鐘しゅくしょうとなった。


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