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第十六話 お見合い

 私と勇者ランスアーサーは冒険者ギルドの応接室───なんて立派な部屋はないので、冒険者ギルドのマスターの部屋───つまりガンドルフィの執務室に通され、お互いにテーブルを挟んで向き合って椅子に座った。


「こ、こちら粗茶ですが、ど、どうぞ……」


 緊張した面持ちでガンドルフィが私と、そして勇者ランスアーサーにお茶を出してくれた。


「ありがとう、ギルドマスター。お心遣い、感謝申し上げます」


 ランスアーサーがそうお礼を述べると、ガンドルフィは「い、いえ! と、とんでもないですよ! マーカロン村のお茶なんて王都で飲むティーと比べたらドロ水みたいなもんですよ! あ、いや、そんなドロ水を勇者様にお出ししたわけではなく、つまり自分が申したいのは───」と言動と挙動が不審になった。


 私はガンドルフィの足をつま先で小突くように蹴った。

 そしてとっとと部屋から出て行くよう、手を振って追い払う仕草をした。


「そ、そうだな。そ、それじゃあ、あとはお若い二人に任せて、俺はこれで失礼します。それでは~……」


 そう言ってガンドルフィは逃げるように部屋を後にした。


 部屋に残された私は改めてランスアーサーと個室で二人っきりであることを意識した。

 とても気まずく思ったが、そんな私とは対照的に、ランスアーサーは落ち着いていて、出されたお茶を優雅な仕草で一口含んだ。


「うん。美味しい。出された瞬間、とても香りが良いお茶だと思ったんです。味も見事で、淹れ方も完璧です。こんなに美味しいお茶は王都でもなかなか飲めません。なるほど、ここは本当に素晴らしい村のようですね、シルヴィア」


 そう言われて私もお茶を一口含んだ。そして───。


「どうして私がマーカロン村ここにいるとわかったの?」


 私は恐る恐る尋ねた。


「君の素性を知る者は少ない。私も君の生まれ故郷がどこかを知らなかった。でもたまたま王都の冒険者の一人が、何かの拍子にシルヴィアがマーカロン村のことを口にしていたことを覚えていてね。まさかとは思ったのですが、手がかりを求めてやって来たのです。

 会えてよかった。でも、まさかシルヴィアが冒険者ギルドの受付嬢をしているとは思いませんでした」


 ランスアーサーは前髪を掻き上げつつ、綺麗な顔をほころばせて「ははは」と笑った。

 唇の間から、わずかに白い歯がこぼれる。

 笑顔も仕草も上品で、その美しさに私は見惚れた。

 久しぶりに見る勇者ランスアーサーは、相変わらず美しかった。

 私は胸がキューンとなったが、その瞬間、あの忌まわしき記憶───私がランスアーサーに告白をして、ランスアーサーが私の足元にひれ伏し、土下座をする姿が鮮明に蘇った。

 私は突然、胸が苦しくなり、固い異物が胃から喉へ逆流してくるような吐き気を覚えた。

 私は一方の手で口を抑え、もう一方の手で早鐘を打つ胸を掴み、悪寒を抑えようと呼吸に意識を集中させた。

 その甲斐があって私は、今度は「マーカロン村ここに何をしに来たの?」と、ランスアーサーがマーカロン村に、わざわざ自らが来た理由を尋ねることができた。


 ランスアーサーは、そう訊かれることは当然だろうとわかっていたようだ。

 落ち着いた様子でティーカップに口を寄せると、まずはお茶の香りをゆっくりと味わい、それからお茶を一口含み、口の中でゆっくり転がすように味わってから喉に流した。

 そして、心底美味しい───至福のひと時だと言わんばかりに、ほうと息を吐いてから「もちろん、君を迎えに来る為だよ。他の誰でもない。我が勇者パーティーの剣聖シルヴィア=シルヴァーナを連れ戻すんだ。そんな大役を他の人にも任せられない。私自身が行かなくては。そうでなければ、シルヴィアに戻って来てもらう為の礼節には釣り合わない。だからここに来たんだよ」と、真っ直ぐ私を見つめた。


 私の鼓動は今度は別の意味で早鐘を打った。

 思いを寄せるランスアーサーに真摯な態度ではっきりとそう告げられる悦び。

 私は、今度は自分がランスアーサーに土下座し、勝手にパーティーを抜け出したこと、王都から姿をくらまし、マーカロン村に隠れたことを侘びたくなった。

 その謝意には、私が告白をしたこと、そしてそのせいでランスアーサーに土下座などという行為をさせてしまったことに対する謝罪も含まれていた。


 私は、今まさにそうしようと椅子から立ち上がりかけたが、その一瞬だけ早く、ランスアーサーが席を立ったので機先を制された。


 ランスアーサーは私に近づくと片方の膝を折り、一方の手を胸に、そしてもう一方の手を私に差し出した。


「シルヴィア、戻ってきてくれ。君が必要だ。君がいないと駄目なんだ。どうかこの手をとってくれ。そして私と一緒に王都に戻ってくれ」


 それはまるでプロポーズを受けたかのような衝撃だった。


 私は声が出なくなり、またもや魚がエサを求めるように、口をパクパクとさせてしまった。


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