私に手を取られ、立ち上がったランスアーサーは期待に目を輝かせた。
「ありがとう、シルヴィア。それでは王都に戻ってくれるんだね?」
ランスアーサーは私の手を握り返し、大切なものを扱うように両手で私の手を包んでくれた。
ランスアーサーにこのようにされて拒絶できる者はこの世にいないだろう。
ましてやそれが異性であれば尚更の事だ。
私も危うく首肯の言葉が口を突いて出かかったが、辛うじてその返答を飲み込んだ。
「す、すまない、ランスアーサー。す、少し考えさせてくれ」
私の言葉にランスアーサーは目を少し見開いた。
滅多に驚かないランスアーサーが、少なからず驚いたようだ。
「ど、どうしてなんだ、シルヴィア。君らしくもない。以前の君なら、王都を───王国の民を守ることになんの犠牲も厭わず、躊躇うこともなかったというのに───」
そう言われて私はランスアーサーの手を振り解く。
これまで私がそうしていたのは───どんな犠牲も厭わず、何の躊躇いもなく王都の───王国の民の為に戦ったのは───……、それは───……、それはランスアーサー、
王都を───王国の民を守りたいというランスアーサーの思い。
その崇高な思いに役立つことで、私はランスアーサーに喜んでもらいたい、感謝されたいと思い、戦っていたのだ。
何とも下衆な動機だ。
何のことはない。私は好きな男に媚びを売っていただけだ。
私が剣聖など、人々から賞賛され、褒め称えられるなどおこがましい。
私は胸元を広げ、短いスカートで脚を見せつけ、黄色い声援でランスアーサーに群がる色香にまみれた女たちと同じだ。
女を武器にして媚びを売るか、剣を武器にして媚びを売るか、違いはそれだけだった。
その事を痛感したが、それでも尚、私はランスアーサーの求めに応じることができなかった。
それはもう───それはもう、そうして自らを犠牲にして戦っても、決してランスアーサーの心を手に入れることができないという絶望によるものだった。
今更戦っても、ランスアーサーは戦力として私を喜んでくれても、私の気持ちには喜んでくれない。
今更魔王軍を退けても、ランスアーサーは王都を───王国の民を救ってくれたことは感謝しても、私の思いには感謝してくれない。
私は虚しさだけに支配された。
「すまない、ランスアーサー。本当にすまない」
私は謝罪しかできなかった。
そんな私を、ランスアーサーはとても信じられないといった様子で見つめた。
「わからない。わからないよ、シルヴィア。一体君はどうしてしまったというんだ。以前のシルヴィアなら決して断りはしなかったはずだ。それなのになぜ……」
ランスアーサーは目に見えて落胆していた。
その落胆は深く、絶望と言っても過言ではなかった。
ランスアーサーは追い詰められていた。
そして追い詰められたランスアーサーは、ついに
「シルヴィア……。これは私に対する意趣返しなのか……? 私が───私が君の告白を受けなかった───断ったことに対する罰のつもりなのか?」
私は慌てた。
そして目を大きく見開き、あらん限りの大声で叫んだ。
「違うッ! 絶対に違うッ! それだけは絶対に違うッ! いくら私でも───どれだけランスアーサーに対する思いが叶わなかったとしてもッ! そんなことだけは絶対にしないッ!」
自分の声が思った以上に大きく、私は自分で自分に驚いた。
それと同時に、咄嗟に「違うッ!」と否定したが、何も違うことはないという事に気が付いた。
ランスアーサーが、私に王都に戻って欲しいと願っているのに、その求めに応じない理由。
それは本質的にランスアーサーが私の告白を土下座して断ったこと───つまり、彼の求めに応じて王都に戻ったとしても、ランスアーサーがその土下座を取り消してくれないことがわかっているからに他ならなかった。
私は困り果て、そして同時に自分に呆れた。
なんと私は恋心に狂い、自分になびかない男に冷たく、利益にならない善行は行わない醜い人間なのだろう。
私は自分に失笑した。
そして半ばやけくそになって暴言を吐いた。
「違うんだ、ランスアーサー。私が王都に戻らない理由。それはマーカロン村に戻って間もなく、膝に矢を受けてしまってな。もう昔のように戦うことができなくなったからなんだ」
私は後ろ頭を掻いて「いやー、まいったまいった」と言って、はははと笑った。
ランスアーサーは眉間に皺を寄せて私を見つめた。
「それはおかしい……。その噂を訊いたので、ゴブリンやリザードマンに『
ランスアーサーが何か気になることを呟いたような気がしたが、私は涙がこぼれないよう、天井を見上げ、尚も「ははは」と笑い続けていたので彼のつぶやきを理解することができなかった。