「シルヴィア……。なんかおかしいんだ」
藪から棒にガンドルフィがそう切り出した。
それはガンドルフィが毎日の日課である沼地のパトロールから戻ってすぐだった。
「急にどうした。何がおかしいのだ?」
「うーん。最初は気のせいかと思ったんだけど、マリアンヌもおかしいと思ってて、俺だけがそう思ってるなら俺の勘違いということも考えられたが、マリアンヌも同意見ならやっぱり勘違いではないのかなと思ってな」
ガンドルフィの歯切れは悪かった。
私は「だから何がおかしいと言ってるんだ?」と早く核心を教えて欲しかったが、その事を口にすることにガンドルフィは
「ここ数日、俺が沼地にパトロールに行く際、ランスアーサーも一緒に来てくれるだろ? それは凄く光栄で嬉しい事なんだけど、マリアンヌも言うにはランスアーサーと俺の距離が近いらしいんだ」
「距離が近い?」
私はオウム返しをする。
「そうなんだ。気が付けば擦り寄ってきているというか、振り向くとすぐ後ろにいるというか……。
あとマリアンヌに教えてもらったんだが、俺が沼地の点検をしている間、ランスアーサーがずっと俺の事を眺めているらしい。確かに俺も視線を感じてて、ちょっと寒気がするというか、絡みつかれている感じもしてて……。
そしたらマリアンヌがシルヴィアに相談してみてはどうかとアドバイスをくれたんで、ちょっと聞いてもらおうと思ってさ」
なるほど、と私は腕組みをした。
「ランスアーサーは強い戦士が好きだ。それにとても気さくでな。戦いの後、冒険者たちと肩を組んで勝利を喜び合ったりと、崇高な勇者らしからぬ姿がしばしば目撃されている。だがその気取らない様子が王国の民に人気なんだ。しかもランスアーサーは女性に対して紳士だ。自分に言い寄る女性は多いが、決して相手の好意や自分の勇者という立場を利用して淫らな行為を行ったりしない。そしてそこがまた好感度アップに繋がっている。人気はうなぎ登りだ。私もその点は好ましく思っている」
そう私に説明されたが、ガンドルフィは疑念が晴れた様子はなく、引き続き「うーん……」と腕を組んで唸った。
「マリアンヌはやめておけって言うんだけど、ランスアーサーが剣の稽古をつけてくれるんだ。勇者に剣の稽古をつけてもらえるチャンスなんて滅多にないだろ? だから俺も喜んで指南を受けているんだけど、ランスアーサーは俺を打ち倒した後、まるでベッドで寝ている女の子を抱き上げるように俺を抱き起こすんだ。
そんな俺とランスアーサーの姿を、マリアンヌは「これはこれで嫌いじゃない!」と喜ぶんだけど、俺はその時のランスアーサーの顔の近さに面食らうというか……ちょっと驚くというか……」
ここまで話を聞いたが私は要領を得ないガンドルフィの話に、少し苛立ち始めた。
「それで何が言いたいんだ? 私にどんな返答を求めているんだ?」
「いや、それがな~。俺もまだわからなくてな~。何せ俺もこんな事は初体験だし。
すまなかった、シルヴィア。変な事を言って。マリアンヌも協力してくれるって言うし、もう少し様子を見てみるよ」
そう言ってガンドルフィは少し吹っ切れた様子で表情が軽くなった。
人に話すと気持ちが軽くなるということはよくあることだ。
幸いガンドルフィはその効果が出たようだが、その話を聞かされた私は逆にモヤモヤが募った。
特に私が強くモヤモヤしたのは───。
「ところでガンドルフィ。さっきから名前が出てくる
聞き慣れない名前というか、明らかに初めて聞く名前だった。
「あ、あれ? シルヴィアはマリアンヌを知らないのか?」
ガンドルフィは意外な様子だった。
「むしろ、俺よりシルヴィアの方がマリアンヌの事は良く知っていると思ってたんだけどな」
そう言われて私はますますモヤモヤが募った。
私の方が良く知っている?
どういうことだ。まるで心当たりがない。
一体、マリアンヌとは誰なんだ?
私は必死に記憶を遡り、心当たりがないか頭を捻った。
だが、そんな心当たりは全くなく、皆目見当がつかなかった。
「だって、シルヴィアはマリアンヌの尻尾を引き千切って喰らっただろ? 俺だってそんなことはしてない。だからシルヴィアの方が絶対にマリアンヌのことを良く知っているはずさ」
「…………。
……………………。
……………………。
……まさか、マリアンヌとは……」
「そうだよ。沼地のリザードマンだよ。彼女は名前をマリアンヌって言うんだ。俺も名前を教えてもらって仲良くなったんだ。彼女はとてもお喋りで、でも気配りがきめ細やかで、すごく良い女の子なんだぜ」