静寂な夜の王都。一週間前の『
「神殿……」
「緊張している?」
白いフードを深く被っているのにもかかわらず、隣にいるリオネルが私の心境を読む。
「うん。神殿の中に入ることもそうだけど、今の私の立ち位置がどこにあるのか分からないから」
一応、王都に戻ってきてから、ブリンモア伯爵邸の様子を探った。
私自身が行って様子を見られたらよかったんだけど、お父様の味方である使用人たちが、ロゼッタに付くことなど、容易に想像がつく。
だからリオネルに頼んで、探りを入れてもらったのだ。
結果は案の定、ロゼッタが我が物顔で使用人を顎で使い、私というよりミレイユなど、元々いなかったかのように振る舞っているという。これもまた、ブリンモア伯爵家を乗っ取るためだろう。
私自身、未練もないし、戻る気のない家だから、ロゼッタの傍若無人な態度を聞いても腹は立たなかった。逆に今までミレイユにキツイ当たりをしていたお父様と使用人たちが、ロゼッタの振る舞いに頭を抱えていると思うと、気分がスッキリしたくらいだ。
むしろ問題は神殿の方だった。そちらにも探りを入れてほしかったのだが、さすがにセキュリティが厳重で、無理だと断られた。
「エレモのお陰で力を得たけれど、神殿に認められなければ意味がないでしょう? それに今日は、新たな光の織手の任命式」
その姿を一目見ようと、このように行列ができているのだ。敵陣に乗り込むような心境である。
「大丈夫。ミレイユはミレイユの好きに動けばいい。俺がサポートするから」
「……うん。ここに来てしまったんだもの。気休めでもありがとう、リオネル」
そもそも、逃げることも許されないのだ。エレモの願いを叶えるために、力を得たのだ。
「さぁ、行きましょう」
私はリオネルの手を取って、神殿へと歩みを進めた。彼が強く握り返してくれた瞬間、温かな鼓動が伝わってきた。
***
神殿の内部は、光に満ち溢れていた。それは普段、神殿の奥に安置されている黄金の杯が、礼拝堂にあるからだ。星のかけらにエレモが宿っているように、黄金の杯には光の精霊が宿っている。
その傍には光の
「今宵、新たな光の織手が誕生する。ロゼッタ・ブリンモアよ、皆の前へ」
大司教の呼びかけに、アイボリーのドレスを着たロゼッタが控えの間から現れた。さすがに『星彩祭』の時のような赤いドレスは無理だったのだろう。
私は参列席で、ロゼッタが大司教の前で跪く姿を見守った。
「光の精霊、プラティアよ。新たな光の織手に祝福を与え給え」
『いいでしょう。新たな光の織手と、我が友、星の精霊の帰還に祝福を』
「ぷ、プラティア、何を言っているのだ!?」
黄金の杯から現れた金髪の女性、プラティアの声に驚く大司教。けれどエレモの時と同じように、その声は参列席にいる者たちには聞こえていないようだった。
「大司教様はどうしたのかしら。凄く慌てているわ」
「何かトラブルでも起こったのか?」
騒然となる礼拝堂。プラティアが参列席に近づき、さらに聴衆の声が大きくなった。しかし次の瞬間、温かな光が降り注ぎ、その神々しさを前に、人々は息を呑んだ。
「光の精霊、プラティアよ。祝福に感謝いたします。けれど私は新たな光の織手ではありません」
私はフードを取り、無礼だと分かりつつも立ち上がった。
「み、ミレイユ……! なんであんたがここに。逃げたんじゃなかったの?」
案の定、ロゼッタが反応したが、プラティアの視線は私に向いたままだった。
『光の織手は星彩師にしかなれない。私と星の精霊、エレモに祝福された星彩師でなければ』
『そうだよ。良かった。プラティアが間違えたら、どうしようかと思ったよ』
私の髪から出てきた、銀色の光を纏うエレモが現れ、プラティアへと飛んでいく。
何十年か振りに再会するエレモとプラティア。互いに喜ぶ姿を見て、私だけでなく聴衆も、その神々しさに歓喜の声をあげた。けれどロゼッタだけは違う。
この場の主役は自分だとばかりに、赤い花型の星彩を礼拝堂に放ったのだ。
「危ないっ!」
参列席に飛んできた花型の星彩を、私は青い星型の星彩で相殺した。おそらくこちらに向けてきたのだから、私も遠慮をしない。
「ロゼッタ! 怪我人が出たら、どうするのよ!」
「落ちこぼれのミレイユが偉そうに。私に恥をかかせた上に、指図までしないで!」
頭に血がのぼっているのか、凄い形相で私を睨んできた。邸宅で傍若無人な振る舞いをずっとしてきたからか、猫を被ることも忘れてしまったらしい。
「恥をかいたのは自業自得でしょう。この星彩だって、不正をして織り上げたものじゃない」
「っ! な、何を根拠に言っているの!? この星彩は正真正銘、私の力で織り上げたものよ! 私は星彩師。新たな光の織手になるのは、私なんだから!」
『それはどうかな?』
ロゼッタの返答が、よほど気に食わなかったのか、エレモが私たちの間に割って入った。
「だ、誰よ、アンタ」
『僕を知らないなんて、随分、教育がなっていないようだね』
エレモは大司教に向かって叱咤する。さすがの大司教もバツの悪そうな顔をした。
先ほどのプラティアとの再会を見れば、エレモがこの神殿にとって、いや、星彩師にとって重要な存在であることは分かるはずだ。
ミレイユの記憶だと、ロゼッタは座学の成績もいいはずなのに、エレモを知らないなんて。
「まさか、星彩だけでなく、星彩師の成績も不正していたの?」
「不正なんてしていないって言っているでしょう。なんでそんな話にまで発展するのよ」
「ロゼッタ。今、貴女の前にいるのは、星の精霊、エレモよ。私たちは、光の精霊と星の精霊から力を得ることで、星彩師になれることを忘れたの?」
「星の精霊……!」
これが!? とでも言いたそうなロゼッタの顔。だけど驚いたのはロゼッタだけではなかった。礼拝堂にいる者たちは勿論、侮辱されたエレモだった。
『まったく、こんな者を光の織手に任命しようとしていたの!? 不快なエネルギーを持っているだけでも嫌なのに、こんな仕打ちはないよ!』
『えぇ、そうね。私の力を使いこなせないばかりか、エレモを侮辱するなんて』
「っ! 分かったわ。だから私ではなく、腹いせにミレイユを祝福したっていうのね」
『違う。エレモが言ったように、貴女からは不快なエネルギーを感じたから、しなかっただけ』
「……不快な、エネルギー?」
ロゼッタが首を傾げると、プラティアは彼女の胸元にある星型のペンダントを指差した。彼女の手が震え、ペンダントを握る指先が白くなった。
『そのペンダントから不快な、いや命のエネルギーを感じる。我が守人よ』
すると、ずっと静観していた光の守人は、プラティアの意図を察し、ロゼッタから星型のペンダントを奪おうとした。が、ロゼッタは赤い花型の星彩で、光の守人を近づけさせなかった。
『抵抗する気なら、こっちだって僕の守人を使うよ。リオネル!』
「えっ?」
横を振り向く暇もなく、リオネルがロゼッタに向かっていく。
エレモの守人ってどういうこと? 確かに彼は、星のかけらの傍にずっといたけど……。
「離しなさい! 私は新たな光の織手になる者よ!」
「こんな不正をしておいて、よく言えたものだな」
気がつくと、すでにリオネルがロゼッタを取り押さえていた。けれど次の瞬間、再びロゼッタが赤い星彩を放ち、リオネルに襲い掛かる。私も星彩を放とうと手を伸ばした。
「きゃぁぁぁぁぁ!」
突然、礼拝堂の控えの間から、悲鳴があがった。