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第6話 新たな光の織手

「何があった!」

「だ、大司教様! 星彩師の二人がずっと苦しそうにしていたので、奥で休ませていたら……突然、彼女たちが床に倒れ、悲鳴を……」

『当然だよ。あのペンダントはその二人の命を吸って、彼女に力を与えていたんだから』

「な、なんとおぞましい……」

『それをお前が言うのか、大司教。ずっと見ぬ振りをしてきたではないか。あの者の不正を知りながら、黙認していたのを、私が知らないとでも?』


 プラティアの指摘に、大司教が顔を青ざめ、慌てて控えの間へ逃げようとした。途端、光の守人が素早く動き、大司教の腕を掴んで捕えた。


 皆の視線が光の守人に注がれる中、ロゼッタが立ち上がり、鋭い目で私を睨みつける。彼女の手は震え、額に汗が滲んでいるにもかかわらず、声だけは力強かった。


「まだよ!  私は負けない!  ミレイユなんかに、光の織手の座を渡すものですか!」


 ロゼッタが再び赤い星彩を、礼拝堂に放った。不気味な赤い光が広がり、彼女の星型のペンダントも不穏な輝きを放ち始める。


「落ちこぼれのミレイユなんかに、私が負けるはずがない! 光の織手は私だけでいいのよ!」


 その叫び声と光景に、参列席から恐怖の声が上がった。


「やめなさい、ロゼッタ!  そのペンダントは危険よ!」

「うるさい!  私は負けるわけにはいかないの! 光の織手も、伯爵令嬢の座も、私のものなんだから! こんなところで終わるわけにはいかないのよ!」


 ロゼッタの赤い星彩が、まるで生きているかのようにうねりながら、私に向かって襲い掛かってきた。リオネルが咄嗟に前に出て、私を庇う。


「ミレイユ、気をつけろ!」

「リオネル、ありがとう。でも、私が終わらせるわ」


 私は深く息を吸い、青い星型の星彩を織り上げる。エレモが私の肩に乗り、小さく頷く。プラティアも静かに私の傍に降り立った。


 なんて心強いのだろう。


 織り上げた星彩が礼拝堂を満たし、青い光となって降り注いだ。まさに星のように。


「ロゼッタ、あなたの偽りの星彩はもう終わりよ」


 青い星彩がロゼッタの赤い星彩とぶつかり合い、激しい光の衝突が繰り広げられる。私の肩にそっと触れるプラティア。エレモにも視線を向けると、力強く笑って見せた。


 大丈夫。ロゼッタに取り巻き二人の命の力が宿っていても、負けやしない。


 その祈りが通じたのか、青い星彩が赤い星彩を飲み込み、ロゼッタの星型のペンダントが砕けた。


「いやぁっ! 私の力が……!」


 次の瞬間、赤い星彩が消え去り、ロゼッタもまた、力尽きて床に倒れ込んだ。礼拝堂に静寂が満ちる。

 ふと、控えの間から神殿の関係者たちが出てきたのが見えた。遠目でも、彼らがロゼッタに冷たい視線を向けているのが分かる。まるで神殿の名誉を穢した彼女を、見放しているかのように感じた。


 エレモが私の肩から飛び立ち、そんなロゼッタの上に降り立つ。


『偽りの力に頼った報いだよ。このペンダントは、命を吸い尽くす禁忌の品だ。そんな愚かな力に手を出すなんて……』


 プラティアもまた、ロゼッタに近づいて厳かな声で続ける。


『このペンダントをどこで手に入れた?  正直に答えなさい』


 ロゼッタは床に額をつけたまま、震える声で呟いた。


「……取り巻きたちからよ。光の織手になるためなら、どんな手段でもいいって言ったら……彼女たちが、私に渡してきたの。だから入手先は知らないわ」


 聴衆が再びざわめき、驚きの声が上がる中、さらにプラティアが冷たく言い放った。


『そうか。ならば彼女たちも同罪だ。我が守人よ』

「はい」


 プラティアに呼ばれた光の守人は、大司教を抑えたままロゼッタを見つめ、静かに告げる。


「ロゼッタ・ブリンモア、大司教と共にその罪を償い、神殿の裁きを受けよ」


 大司教が顔を青ざめ、力なく項垂れた。ロゼッタも床に倒れたまま、動く気力すら失っている。その光景を見ながら、私は静かに呟いた。


「ようやく、エレモの願いを叶えることができたのね」

『うん。ありがとう、ミレイユ』


 エレモが近づき、私は思わず手を伸ばした。その上に降り立ったエレモと互いに微笑み合う。


「おいおい。これで終わりにしないでくれ」

「え?」

『そうだった。さすがは僕の守人だね』


 いや、それよりも、リオネルが守人ってどういうこと? と聞きたかったのだが、エレモはプラティアの元へ飛んで行く。


「ミレイユ。新たな光の織手の任命が残っている。光の精霊からの祝福は済んでいるから、今度は星の精霊から祝福を受けるんだ」

「ほ、本物の守人みたい」

「長い間、神殿から離れていたから、貫禄はないけどね」


 リオネルはそういうと、私の背中に触れて、黄金の杯のところへ行くように促した。そこにはすでに、プラティアとエレモの姿があった。


「大司教に代わり、星の守人、リオネル・ストーンヴェルが、光の織手の任命式を執り行います」


 聴衆は静まり返り、リオネルに視線を注ぐ。突然、現れた星の守人に興味津々なのが伝わってきた。


「本日、このめでたい日にお目汚しをしたことを、まずお詫び申し上げます。それとともに、皆様に神殿がこれまで秘密にしていた事実を報告できたことは、大変喜ばしいと思っている所存です」


 リオネルが頭を下げると、光の守人も目を伏せて謝罪の気持ちを伝えた。


「ことの発端は数十年前。こちらにおります星の精霊が宿る星のかけらが、何者かにより盗まれたことが原因です」


 黄金の杯の隣に、いつの間にか台座が用意されていた。そこにリオネルが星のかけらを置いた途端、聴衆が一気にざわめき出す。


 無理もないわ。ただでさえ、不正が明るみになった後で、さらに盗難を隠蔽されていた事実を知ったんだから。大司教が捕まっても、すぐに信用されないでしょうね。


 リオネルの背中に向けられた視線は、どれも厳しいものだった。


「それにより星彩師の誕生が望めず、ずっと光の織手様がお一人で頑張っていらっしゃいました。けれどこの度、引退を表明したのを機に、神殿も重い腰を上げ、星の守人に任じられた私が、星のかけらを探す旅に出たのです」


 見つけた時にはすでに、祠の中で祀られていたこと。近くの村民たちから大事にされていたため、すぐに持ち帰れなかった出来事などを説明した。


「私はただ再び行方知れずとならないよう、星のかけらの傍で見守ることしかできませんでした。そんな折、祠の中が突然、光ったのです。私が駆けつけると、こちらにいるミレイユ嬢が星の精霊と共にいました」


 リオネルが近づいてきて、私の手を取る。星のかけらと黄金の杯が置かれている祭壇へと導いて、私を表舞台へと静かに押し上げた。彼にとってはただのエスコートなのかもしれないが、腰に手を当てられ、心臓が激しく高鳴る。

 幸い、聴衆の前に立たされていても、緊張しているように見えるのが救いだった。


「彼女は不正が蔓延る神殿の中で、唯一、光の精霊の力だけで星彩を織り上げていた星彩師です。星の精霊はミレイユ嬢を自らの元に呼び出し、偽りの星彩師が光の織手になることを嘆き、憂いました」


 間違ったことは言っていないのに、なぜだろう。


 この持ち上げられたような感覚に、私はリオネルに視線を向ける。すると体を引き寄せられ、「正当性を示すためには仕方がないんだ。大丈夫、ここは俺に任せて」とそっと囁かれた。


 リオネルは再び聴衆へと呼びかける。これまでミレイユが、落ちこぼれと揶揄されながらも、星彩師として努力し続けたこと。


「ミレイユ嬢は星の精霊の願いを叶えるために、この神殿に星のかけらを持ち帰り、見事、彼らの不正を裁いたのです」


 私が成し遂げたすべてを、リオネルは肯定してくれたのだ。


 静まり返る礼拝堂。否定的な声は、どこからもあがらなかった。目を閉じると、涙が頬を濡らす。


 これはミレイユの涙かしら。胸が熱くなるのも、込み上げてくる、この想いも……。


『まだ泣くには早いわよ、ミレイユ』

『そうだよ。さぁ、僕の守人。僕たちに何を願う?』


 リオネルは私の前に立ち、厳かな声で答えた。


「新たな光の織手に祝福を。星の精霊、エレモ。そして光の精霊、プラティアよ。再びかの者に与え給え」


 エレモとプラティアが交差するように舞い上がり、それぞれ銀と金の光が、私だけでなく礼拝堂の中へと降り注がれた。この幻想的な光景に、聴衆から感嘆の声が湧きあがる。


「ミレイユ・ブリンモア。そなたを新たな光の織手として任命します」


 リオネルの厳かな声が響き、聴衆から拍手が沸き起こった。私は胸に手を当て、深く息を吐く。様々な感情が渦巻く中、ようやく星彩師として、ううん。私自身の未来が、この瞬間から始まるような気がした。

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