「何があった!」
「だ、大司教様! 星彩師の二人がずっと苦しそうにしていたので、奥で休ませていたら……突然、彼女たちが床に倒れ、悲鳴を……」
『当然だよ。あのペンダントはその二人の命を吸って、彼女に力を与えていたんだから』
「な、なんとおぞましい……」
『それをお前が言うのか、大司教。ずっと見ぬ振りをしてきたではないか。あの者の不正を知りながら、黙認していたのを、私が知らないとでも?』
プラティアの指摘に、大司教が顔を青ざめ、慌てて控えの間へ逃げようとした。途端、光の守人が素早く動き、大司教の腕を掴んで捕えた。
皆の視線が光の守人に注がれる中、ロゼッタが立ち上がり、鋭い目で私を睨みつける。彼女の手は震え、額に汗が滲んでいるにもかかわらず、声だけは力強かった。
「まだよ! 私は負けない! ミレイユなんかに、光の織手の座を渡すものですか!」
ロゼッタが再び赤い星彩を、礼拝堂に放った。不気味な赤い光が広がり、彼女の星型のペンダントも不穏な輝きを放ち始める。
「落ちこぼれのミレイユなんかに、私が負けるはずがない! 光の織手は私だけでいいのよ!」
その叫び声と光景に、参列席から恐怖の声が上がった。
「やめなさい、ロゼッタ! そのペンダントは危険よ!」
「うるさい! 私は負けるわけにはいかないの! 光の織手も、伯爵令嬢の座も、私のものなんだから! こんなところで終わるわけにはいかないのよ!」
ロゼッタの赤い星彩が、まるで生きているかのようにうねりながら、私に向かって襲い掛かってきた。リオネルが咄嗟に前に出て、私を庇う。
「ミレイユ、気をつけろ!」
「リオネル、ありがとう。でも、私が終わらせるわ」
私は深く息を吸い、青い星型の星彩を織り上げる。エレモが私の肩に乗り、小さく頷く。プラティアも静かに私の傍に降り立った。
なんて心強いのだろう。
織り上げた星彩が礼拝堂を満たし、青い光となって降り注いだ。まさに星のように。
「ロゼッタ、あなたの偽りの星彩はもう終わりよ」
青い星彩がロゼッタの赤い星彩とぶつかり合い、激しい光の衝突が繰り広げられる。私の肩にそっと触れるプラティア。エレモにも視線を向けると、力強く笑って見せた。
大丈夫。ロゼッタに取り巻き二人の命の力が宿っていても、負けやしない。
その祈りが通じたのか、青い星彩が赤い星彩を飲み込み、ロゼッタの星型のペンダントが砕けた。
「いやぁっ! 私の力が……!」
次の瞬間、赤い星彩が消え去り、ロゼッタもまた、力尽きて床に倒れ込んだ。礼拝堂に静寂が満ちる。
ふと、控えの間から神殿の関係者たちが出てきたのが見えた。遠目でも、彼らがロゼッタに冷たい視線を向けているのが分かる。まるで神殿の名誉を穢した彼女を、見放しているかのように感じた。
エレモが私の肩から飛び立ち、そんなロゼッタの上に降り立つ。
『偽りの力に頼った報いだよ。このペンダントは、命を吸い尽くす禁忌の品だ。そんな愚かな力に手を出すなんて……』
プラティアもまた、ロゼッタに近づいて厳かな声で続ける。
『このペンダントをどこで手に入れた? 正直に答えなさい』
ロゼッタは床に額をつけたまま、震える声で呟いた。
「……取り巻きたちからよ。光の織手になるためなら、どんな手段でもいいって言ったら……彼女たちが、私に渡してきたの。だから入手先は知らないわ」
聴衆が再びざわめき、驚きの声が上がる中、さらにプラティアが冷たく言い放った。
『そうか。ならば彼女たちも同罪だ。我が守人よ』
「はい」
プラティアに呼ばれた光の守人は、大司教を抑えたままロゼッタを見つめ、静かに告げる。
「ロゼッタ・ブリンモア、大司教と共にその罪を償い、神殿の裁きを受けよ」
大司教が顔を青ざめ、力なく項垂れた。ロゼッタも床に倒れたまま、動く気力すら失っている。その光景を見ながら、私は静かに呟いた。
「ようやく、エレモの願いを叶えることができたのね」
『うん。ありがとう、ミレイユ』
エレモが近づき、私は思わず手を伸ばした。その上に降り立ったエレモと互いに微笑み合う。
「おいおい。これで終わりにしないでくれ」
「え?」
『そうだった。さすがは僕の守人だね』
いや、それよりも、リオネルが守人ってどういうこと? と聞きたかったのだが、エレモはプラティアの元へ飛んで行く。
「ミレイユ。新たな光の織手の任命が残っている。光の精霊からの祝福は済んでいるから、今度は星の精霊から祝福を受けるんだ」
「ほ、本物の守人みたい」
「長い間、神殿から離れていたから、貫禄はないけどね」
リオネルはそういうと、私の背中に触れて、黄金の杯のところへ行くように促した。そこにはすでに、プラティアとエレモの姿があった。
「大司教に代わり、星の守人、リオネル・ストーンヴェルが、光の織手の任命式を執り行います」
聴衆は静まり返り、リオネルに視線を注ぐ。突然、現れた星の守人に興味津々なのが伝わってきた。
「本日、このめでたい日にお目汚しをしたことを、まずお詫び申し上げます。それとともに、皆様に神殿がこれまで秘密にしていた事実を報告できたことは、大変喜ばしいと思っている所存です」
リオネルが頭を下げると、光の守人も目を伏せて謝罪の気持ちを伝えた。
「ことの発端は数十年前。こちらにおります星の精霊が宿る星のかけらが、何者かにより盗まれたことが原因です」
黄金の杯の隣に、いつの間にか台座が用意されていた。そこにリオネルが星のかけらを置いた途端、聴衆が一気にざわめき出す。
無理もないわ。ただでさえ、不正が明るみになった後で、さらに盗難を隠蔽されていた事実を知ったんだから。大司教が捕まっても、すぐに信用されないでしょうね。
リオネルの背中に向けられた視線は、どれも厳しいものだった。
「それにより星彩師の誕生が望めず、ずっと光の織手様がお一人で頑張っていらっしゃいました。けれどこの度、引退を表明したのを機に、神殿も重い腰を上げ、星の守人に任じられた私が、星のかけらを探す旅に出たのです」
見つけた時にはすでに、祠の中で祀られていたこと。近くの村民たちから大事にされていたため、すぐに持ち帰れなかった出来事などを説明した。
「私はただ再び行方知れずとならないよう、星のかけらの傍で見守ることしかできませんでした。そんな折、祠の中が突然、光ったのです。私が駆けつけると、こちらにいるミレイユ嬢が星の精霊と共にいました」
リオネルが近づいてきて、私の手を取る。星のかけらと黄金の杯が置かれている祭壇へと導いて、私を表舞台へと静かに押し上げた。彼にとってはただのエスコートなのかもしれないが、腰に手を当てられ、心臓が激しく高鳴る。
幸い、聴衆の前に立たされていても、緊張しているように見えるのが救いだった。
「彼女は不正が蔓延る神殿の中で、唯一、光の精霊の力だけで星彩を織り上げていた星彩師です。星の精霊はミレイユ嬢を自らの元に呼び出し、偽りの星彩師が光の織手になることを嘆き、憂いました」
間違ったことは言っていないのに、なぜだろう。
この持ち上げられたような感覚に、私はリオネルに視線を向ける。すると体を引き寄せられ、「正当性を示すためには仕方がないんだ。大丈夫、ここは俺に任せて」とそっと囁かれた。
リオネルは再び聴衆へと呼びかける。これまでミレイユが、落ちこぼれと揶揄されながらも、星彩師として努力し続けたこと。
「ミレイユ嬢は星の精霊の願いを叶えるために、この神殿に星のかけらを持ち帰り、見事、彼らの不正を裁いたのです」
私が成し遂げたすべてを、リオネルは肯定してくれたのだ。
静まり返る礼拝堂。否定的な声は、どこからもあがらなかった。目を閉じると、涙が頬を濡らす。
これはミレイユの涙かしら。胸が熱くなるのも、込み上げてくる、この想いも……。
『まだ泣くには早いわよ、ミレイユ』
『そうだよ。さぁ、僕の守人。僕たちに何を願う?』
リオネルは私の前に立ち、厳かな声で答えた。
「新たな光の織手に祝福を。星の精霊、エレモ。そして光の精霊、プラティアよ。再びかの者に与え給え」
エレモとプラティアが交差するように舞い上がり、それぞれ銀と金の光が、私だけでなく礼拝堂の中へと降り注がれた。この幻想的な光景に、聴衆から感嘆の声が湧きあがる。
「ミレイユ・ブリンモア。そなたを新たな光の織手として任命します」
リオネルの厳かな声が響き、聴衆から拍手が沸き起こった。私は胸に手を当て、深く息を吐く。様々な感情が渦巻く中、ようやく星彩師として、ううん。私自身の未来が、この瞬間から始まるような気がした。