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第2話

「――とりあえず、ここからエウロス方面に行けば、『ネレウス』に着くから。ダクリュオンでもネレウスは海に面していて活発な都市、割のいい仕事もたくさんあるはず」



 リスィはポケットから取り出した地図を広げて語る、指を差し、土地から土地へと沿っていきながら。

 彼女は旅をするのが好きらしい、いつも都市や土地の話をすると声が一段と高くなり、ニコニコとしている。次にどこに行こうかと考えてるのが見て取れるぐらいに、目を輝かせていた。地図を胸ポケットに仕舞いこむと、俺たちはネレウスに行くためにエウロス方面へと足を進めた。


 数時間、太陽が空の真ん中ぐらいにある。蒸し暑くなってきた。木や草が生い茂る森のなかを歩いているが、涼しさなんて感じない。じれるように上へと伸びる植物、背丈のわりに葉の数が少ない木、行く手を阻む反り板のような葉。ふたりとも額から汗が流れ、髪が肌にじれったく纏わりついていた。色の濃い土からは、深々と緑色のこけのようなものが生えている。



「なあ、リスィ――ほんとうに――こっちで、会ってるのか……」

「――わたしが今まで道を間違えたことある?」

「最低でも十五回は間違えたことあるぞ」

 リスィは何も言わずに前を歩く。

「十五回は間違えたぞ!」と大声を出した。

「聞こえてるって!」



 そうリスィが声を上げた瞬間だった。草葉を撫でる音が聞こえた――踏み倒すような音ではなく、撫で上げるような。流体が草の中を移動でもしているようだった。俺とリリィはすぐに腰につけた剣帯から剣を抜いた。



「レフ、抜くまで二秒遅い」

「気づいただけ成長したでしょ」



 リスィの持つ剣は見たものを引き付けるぐらい、美しく。鏡面仕上げされた剣身は周りの環境を映していた。それとは反対に俺の剣は、剣身は黒く刃先の部分だけが僅かに光を反射する程度だった。


 反射する剣は集中力を乱すからまだ早いと言われ、未だに使ってる。もはや、手に馴染みすぎて他のを使いたいとも思わなくなった。俺は後ろ振り向き、ふたりで背中を突き合わせる形で死角を減らした。警戒したのか、音は静かになった。


 俺の左肩の上からリスィの剣身が顔を出した。彼女は右肩に背負うような格好をしているのであろう。剣の角度を調整し終えるとリスィは言う。



「いい、あそこの岩の位置までゆっくりと行く。絶対に顔は横に向けないで」



 剣身を鏡代わりに使い、俺に顔を横に向けさせずに視線だけで、胸ぐらいまで高さのある岩の位置を把握させた。



「――わかった。剣を戻してもいいぜ」

「ほんと? 位置関係しっかり把握してるの?」

「ふたりで何回窮地に陥ってると思ってる、さすがに学ぶって」

「学んだって言葉二十回は聞いた――」リスィは剣を自分の方へと戻す「――でも、信じてあげる」



 言葉を発さずとも、俺とリスィは動きを乱さず岩の方にじりじりと進んだ。呼吸が二重になってるような気さえした。草木の暗い奥を見つめているが、リスィの位置が手に取るようにわかる。いまの両手が片手で、もうひとつの両手の片手が存在するかのようだった。呼吸するように、踏むと沈む土。足を取られないようにしっかりと地に足をつけていく。俺たちは岩に向かった。


 岩肌に腰が触れると、そのまま岩肌に擦り付けるように移動し、一メートルほどの岩をふたりで挟み込む形になった。とりあえず、ひと息ついた。



「で、どうするの?」と俺は言った。

「――ごめん、まったく考えてない」

「……えぇ」

「だって、障害物ぐらいないと何もできないでしょ。レフもなんか頭使って」



 手を岩肌に触れる、湿度が高いせいかぬめりがある。何かないかと手で撫でまわすが、これといって見当たらない。



「とりあえず……持久戦……」

「はあ……まあ、そうな――」リスィは途中で大きく声を上げた「レフ! うえに!」



 空を見上げると、ヘビような生物が木に巻き付いて上にいた。葉の少ない木が多いせいで、音を立てずに登り上がっていたらしい。こちらの視線に気づいたのか、牙を剥いて襲い掛かってきた。その相手は俺ではなくリスィだった。


 寸前でリスィが避ける。長く手足のない体、巨大なヘビといっても差し支えはない――それは、ピュートーンと呼ばれるモンスターだった。泥にまみれたような茶色の斑点が浮き出ている。



「リスィ! 大丈夫か!」

 俺はリスィのいる岩裏の方に体を向けて、足を動かした。

「バカっ! 弱い奴が強い奴を助けようとするな!」とリスィは叫ぶ。



 ピュートーンはもうこちらに顔を向けていた。体を止めようと急停止させるが、柔らかい沈む土に足を取られて尻餅をついてしまった。咬みつかれる――というより、もはや飲み込まれそうだった。大きく開けた口は、人ひとりなど簡単に入ってしまう。


 まずい、と思った時、ピュートーンが雄叫びを上げた。人間で言うなら首に近い辺りに、剣が刺さっていた。周りの風景をも映すその剣はリスィの剣だった。彼女を見ると、両手とも片側に伸ばした状態で投げたような格好をしていた。


 雄叫びを上げ、頭を上に伸ばしているピュートーンに俺は走りながら剣を振るい、少しではあるが傷をつけて、その勢いのままリスィの元に駆けつけた。



「ありがとリスィ、かなり危なかった……」

「もう、わたしの剣どうするの! 倒さなくちゃいけないじゃない」

「いやあ、俺じゃあ勝てないかも」

 リスィはため息をつくと、岩に指を差した。

「あの岩に上手いことピュートーンの体を全体巻き付けるようにして」

 リスィが左中指にはめている赤い指輪を調整でもするかのように触った。

「了解」と俺は言った。



 ピュートーンのところまで走り、斬りつけた。だが、大して効いてる様子ではなかった。こちらを睨み、怒ったかのように顔を向け口を開いて、襲い掛かってきた。動きずらい地上をぐるぐると走った、岩を中心として。外側からどんどんと岩の中心に向かっている。


 俺の逃げれる場所がなく長い体で囲まれている状態だった。手を伸ばせば岩に届くところまでくると、滑らないように岩の上に乗り、リスィがいる方へと思いっきり飛んだ。後ろから、ピュートーンの顔がこちらに迫ってきていた。



「よくやったレフ! 今日はヘビ肉ね!」



 パチンと左手の親指と中指を使って音を鳴らした。大きな音を立て、岩が爆発した。リスィのつけている指輪はダクリュオン家の指輪、出ていく際に持ってきたらしい。強力な指輪でどんな対象をも問答無用で爆発させる。


 代償として、対象物次第ではあるがかなり体力を持っていかれるらしい。あまりに強力なモンスターは体力と合わず無理だと言っている、使える人間は限られているので体力が持っていかれるという感覚は本人にしかわからない。


 爆発した岩の破片がピュートーンの全身に刺さる。爆発の威力と破片によって、ピュートーンの体は俺を飲み込もうとした頭を残し、ほとんどが肉片になった。

 地面を抱くようにしてひと息ついた俺の側をリスィが通ると、ピュートーンの頭の残骸に足を乗せて刺さった剣を抜き、大きく横に振り払い血を飛ばした。赤に金の装飾が施されている鞘に納めた。俺は立ち上がってリスィの元へと向かう。ふたりで顔を合わせると左手を出し合い、叩いた。


「パンッ」と手のひら同士が合わさる音とともに「よっしゃー!」とふたりで叫んだ。

 それが、いつもの恒例だった。勝利と成功を祝うふたりだけの祝勝。



「さて、これでひとあんし――ふにゃあ……」

 気絶したかのように地面に倒れ込んだ。リスィの側に寄って上半身を起こした。

「大丈夫か、リスィ」

「……う、うん。思ってたよりあの岩、地中深くまであったみたい――数時間動けないかも……」



 リスィの頬に水滴が落ちる。ひとつ、ふたつ――と。空を見ると、雨がぽつぽつと降り出し始めた。

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