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第6話

 甘い焼き菓子の香りに包まれたギルドの裏の会議室。紅茶の湯気が揺れるなか、今日も従妹会が静かに――いや、やや騒がしく開かれていた。


 「もうね、今の街って……どこ歩いても、なんか、生臭くない?」


 クラリスが真顔で言い出すと、ノエルが真剣にうなずいた。


 「うんうん! 朝市場の通りとか特に! ナマズ!?ってなるの。しかも香水屋が混みすぎて、みんな匂いごまかそうとしてるのバレバレなんだよね」


 「調香師と花屋、今予約でいっぱいらしいわよ。街中が“きな臭い”ってこういうことなのね……物理的に。」


 ミーナが静かにカップを口元に運ぶ。


 「ナマズ美容がどうとか、ぬめりを顔に塗るとか、私には理解できないわ。」


 アデレードが眉間に皺を寄せた。


 「最初は肌がつるつるになるって話だったけど……流行り出してから皆、ナマズを飼いきれなくなって結局捨てたり、料理にしたりしてるらしいよ。最近、料理人たちが“ナマズのポワレ”とか“ぬめりスープ”とか研究してて、食堂が妙に盛り上がってるの。」


 セレスが軽やかに報告すると、シャーロットがメモを取りながら顔を上げた。


 「それより気になるのは、“しゃべるナマズを探してる人がいる”という話。何かの伝説とか、魔道的な目的……とか?」


 微妙な沈黙が流れる。


 「……そっちの方がよっぽど怪しくない?」


 クラリスの言葉に、全員がこくりと頷いた。


 少しの間を置いて、アデレードが鼻を鳴らした。


 「でも、怪しさで言うなら、最近の“辛いもの好き貴族”たちも大概よ。ちょっと前に第三側妃様が言い出したの。“隣国でカリーという辛い料理が流行っていて、代謝にいい”って。あれからよ、みんなしてスパイスを求め出したのは。」


 「王宮の厨房でもカリーメニューが増えてるらしいです。激辛ほど良いという噂で、辛さ競争まで始まって……。厨房、焦げ臭くて仕方ないとか。」


 シャーロットが資料を確認しながら言う。


 「しかも薬草をふりかけると疲れが取れるっていう、スパイス強化トッピングまで出てきてさ。しかもレシピは薬師長と一部の料理人しか知らない秘伝。おかげで薬草の市場価格がバカ上がり。」


 ミーナが静かに報告する。


 「つまり、上では“辛いブーム”で王宮が焦げ臭くて、下では“ナマズブーム”で街がぬめってて、どっちに転んでも空気が臭い……ってこと?」


 ノエルが両手を広げて言うと、クラリスが茶を吹きそうになった。


 「香りの混線状態じゃん……。」


 セレスが溜息混じりに呟いた。


 そして、最後にため息をついたのはティナだった。


「……そして文学界は、もっと変なことになってるわ。」


 皆の視線がティナに集中する。


「第三側妃様、最近とつぜん“熱烈恋愛詩”を発表し始めて。朗読会で“その恋は焙煎の香り、魂ごと焦がす獅子に似て”とか言っちゃうの……ギャップがすごすぎて、もう人気沸騰よ。」


「それが……ギャップ萌え……?」


 アデレードが戸惑いながら言う。


 「しかも今、“恋を遠いものに例えるほど深い”って変なルールが生まれてて……“塩漬けされた槍”とか、“風化した石畳の啼き”とか、意味わかんない比喩が連発されてるの。」


「甘味処のテラス席でさ、詩集片手に“焦げた恋に溶けるシュガーの涙”とか呟いてる女の人がいたよ……あれはもう病気だよね?」


 ノエルが震えながら言う。


 「それでも本は売れてるのよ。今まで全然売れてなかった詩人たちが“情熱の霊峰”とか“毒舌の花火師”とか変なあだ名で人気急上昇。焙煎獅子とか……」


「焙煎獅子って……そもそもティナが依頼されてたあれじゃない?」


 クラリスの素朴な疑問が、全員の疑問を代弁した。ついでにティナは羞恥で机に突っ伏した。


 「ブームって何!?芸術って何!?気持ちはわからなくもないけどそうじゃない!そうじゃないのよ!なんでお偉い人が阿保みたいなこといってるだけなのにトレンド化してるの!?右向け右してりゃいいってもんじゃないでしょう!?」


「あら?私のいくサロンでも小耳にしたわよ?おかげで退屈しなくていいわ。まぁ、腹筋が鍛えられるけど。」


 「誰か私を殺してくれぇ。」


 「にしてもやたらと第三側妃が最近話題ね。」


 「あ、薬を集めてる商会も香辛料も北狐の関係だったよ。」


 そういったのはミーナである。


 「北狐ってまた第三側妃?王宮のカリーブームもそうだし。」


 北狐とは第三側妃の実家を指す言葉である。商売で成り上がったと側妃が王室入りしてからやっかみも含めた名称である。


 「つながりすぎ……。かな。」


 「これは物理じゃなくてもきな臭いわね。」


 「もう匂いの話はいいよぉ~鼻が曲がるぅ~。」




 その場に、紅茶の香りとは別の、妙な熱気が広がっていた。



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