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第9話

 ギルドでもすっかり有名になった、“ルル当番”の日。

クラリスは香辛料と一緒に納品されていた薬草の中に、ある重要な情報を見つけていた。


 ――それらの一部は、単体では無害でも、特定の組み合わせで使用すると神経系に作用する毒性を持つことがあるという。


 つまり、「美容」と称して集められていた品の中には、“薬草の顔をした危険物”が混ざっていたのだ。


 その帰り道。


クラリスは“例のナマズ”ことルルを入れたピンクの幼児用バケツ(しかも真っ赤なリボン付き)を片手に、ギルド裏の坂道を歩いていた。


 中身が動くたびにバケツがガコガコ揺れ、注目度は否応なしに跳ね上がる。


 当然ながら――それは“目立ちすぎ”という結果を招く。


 「そ、それは例のナマズでは!?」


 「ちょっと触らせて!……あっ、サンプル採取だけで!」


 「解剖すれば、若返りの秘密がわかるかもしれないのよ!」


 ――帰りがけにすれ違った薬師たちに詰め寄られ、クラリスは汗だくでかわし続けた。


 (ほんとにやる気だった……しかも目が本気だった……。)


 命からがら振り切った末、ようやく裏路地に差しかかったとき。


 「そのナマズ……渡してもらおうか、受付嬢。」


 不意に、影の中から男の声が落ちてきた。


 そこに立っていたのは、全身を黒装束に包んだ細身の男。顔の下半分を布で覆い、まるで絵に描いたような“ザ・刺客”スタイルだった。


 「……あんた、どこの誰よ?」


 クラリスは咄嗟に身構える。が、男は静かに一歩前へ出て言った。


 「側妃の名のもとに“処理”される前に、無用な苦しみなく渡すのが賢明よ。」


 「ちょっと待って。今あなた、“側妃の命令で処理”って、自分から言ったわよね? それ、自白だってわかってる!?」


 「……」


 「っていうか『処理』ってなに? ナマズに対して処理って言葉使う!?」


 思わず連続でツッコむクラリス。だが次の瞬間、男の手元が光った。


 ――毒矢!?


 「くっ――!?」


 避けきれず、足元に痛みと痺れが走る。クラリスはよろめき、片膝をついた。


 「クラリスっ!!」


 叫んだのは――ナマズ。


 「まってくださいよぉ……これ、けっこうガチで命の危機じゃないですかぁ……怖いですねぇ、闇夜の裏通り、黒装束の刺客、毒矢がピュンと飛んできて――ぐいっと腕をつかまれてねぇ、ギギギって目で睨まれてぇ……」


 ルルの恐怖語り(いつもの稲川淳〇調)に、刺客が一瞬たじろいだ。


 その隙を突いた。


 屋根の上から、まるで月光と共に降ってくるように――銀の髪をなびかせた男が舞い降りる。


 片手には鋼の剣。もう一方の手で、ひらりとクラリスをかばうように立ちはだかった。


 「その娘は、“俺の”お気に入りでね」


 声の主は――ライオネル。


 「なんで人様の家の屋根から出てくるのよ! しかも今、“お気に入り”とか言った!? 誰が!?」


 「おや……クラリス嬢、もしかして、俺の正体に気づいていた?」


 「……いや、そりゃもう数日前からおかしいと思ってたけど……なんで尾行がドへたくそなのよ!自覚ないの!?手過疎の派手な顔まず隠しなさいよ!この美丈夫!」


 まくしたてるクラリスに、ライオネルはうっとりとした顔で頷く。


 「その鋭さ……本当に素晴らしい。さすが、俺が目をつけただけのことはある……。」


 「褒められてもまったく嬉しくないから!」


 一方、刺客はライオネルを見て、低く呻いた。


 「貴様……まさか、王宮直属の……ライオネル・ヴァレンシュタイン!王宮騎士団第七部隊副隊長。」


 「……あーあ、もう名前出ちゃった。これ以上は“お口チャック”でお願いできない?」


 「チャックってなに?てかこの刺客口軽すぎない?ついでだからなんか教えてよ。」


(どこの茶番だよ。)


と、クラリスが目を細めたタイミングで――


「王宮の刺客と密偵の、真夜中の死闘って、ほんと怖いんですよぉ……。」


 とルルがまた稲川調で語り始め、刺客が苛立ち気味に構えを取る。


 一瞬の沈黙。そこから数合の斬撃が交錯する。


 だが、完全にライオネルの方が上だった。


 刺客は刃を交わせば交わすほど不利を悟り、煙玉を使って撤退する。


 クラリスは膝を押さえたまま見上げた。


 「で……なんであなたがここに!? って、聞いた方がいいですか? もう刺客が全部話してったけど」


 「ふっ! 嗅覚が鋭いもんでね。かわいい娘がピンチの時は、つい来ちゃうんだ。」


 「……めんどうくせぇなぁ……。」


 心の声が、表情にダダ漏れだった。


 ルルはといえば、すっかり劇場モード。


 「そして刺客は夜の闇へと消えたのです……振り返ると誰もいない。けれど、背中にはまだ、あの冷たい気配が残っていて……ゾッとしますよねぇ……。」


 「いいから帰るわよ、ルル……。」


 クラリスはため息をつき、ピンクのバケツを抱え直した。


 次の任務に向けて――そして、ルルの護衛ローテーションのためにも。


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