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第10話

 晴れやかな午後、クラリス邸のサンルームに集ったのは、いつもの顔ぶれ――いや、今日は少し違っていた。


 「……誰? あの男。」


 アデレードがティーカップを持つ手を止め、目を細めた。刺すような視線の先には、少女たちの輪の中に場違いな男、灰の外套に身を包み背筋を伸ばして何故か椅子の上で正座する、端正で寡黙な青年がぽつんと座っていた。


 「えー、あれが噂の……例の……?」


 「うん。変な冒険者さんだよ」


 ノエルが声をひそめながらニヤつく。ライオネルは一瞬口を開きかけたが、次の瞬間にはシャーロットの鋭い観察が飛ぶ。


 「髪の結び目が王都騎士団式、でも剣の柄は旧式の流れをくんでる……ふうん」


 「なんか、しゃべったら負けって顔してるー!」


 ノエルがにやりと笑う。


 「顔立ちは美形だけど、表情筋が足りてないわね。」


 アデレードが鼻を鳴らす。フィオナは小声で囁く。


 「服の下に騎士団章が透けて見えましたぁ。」


 とフィオナが手を双眼鏡を覗き込むよう目に当てた。


 「動きが猫っぽい。観察対象として優秀だね。」


 とミーナが満足げに頷いた。


 当のライオネルは、何となく居心地悪そうにしながら、


 「……え、いま、俺観察されてます?」


 ようやく声を発した瞬間、ティナがすかさず詩的に呟いた。


 「この人、珍獣パンダ……。静かに動かず、遠くを見てる……。」


 完全に“生態観察”対象だった。


 だが本人は、何が起きているのかいまいち把握できていない。


 「まあ、ほっとこ。慣れると平気になるから。」


 クラリスが雑に処理して本題へと入った。


 「さて――今日の議題。例の香辛料依頼と、美容ナマズ“ルル”の真相について。みんな、調べてきた?」

「はーい!」

手が一斉に上がる。

そして、情報報告会が始まった。


「まず、ナマズ美容。ブームはもう下火よ」


ミーナが開いた帳面には、化粧品商人たちの動向がびっしりと書き込まれている。


「理由は、効果がなかったから。っていうか――」


「美容目的じゃなかったのよ。薬師長が、新薬の実験にナマズを使ってた」


ティナが呆れ顔で言うと、全員が静かに頷いた。元は王妃の健康薬開発だったという噂もあるが、それがどこで狂ったのか。


「で、指輪の話も出てきたのよね」


セレスが得意げに身を乗り出す。


「“側妃の大事な指輪を飲み込んだナマズが逃げた”って話。裏では、見つけたら報酬出るとか、そんな冗談が出回ってるけど……その指輪って、もしかして証拠だったんじゃない?」


「火消しのための“美容説”ってわけね。派手に流行らせて、ナマズが人手に渡っても追えないようにした」


クラリスの目が鋭くなる。


「問題は、その“実験”内容よ」


 シャーロットが本を広げる。


 薬草と香辛料の成分が、胃内で組み合わさると“遅効性の毒”になること。しかも最近ギルドで依頼が増えている薬草と完全一致していた。


「その薬草、全部王宮の食卓で“体に良い”って言われてるトッピングに使われてたのよ」


 アデレードが眉をひそめる。令嬢仲間に聞いた“カリー”の中でも、特に美肌・滋養強壮向けとされたものがそれだった。


 「つまり、王の食卓で、毒が“摂取”されていた可能性があるというわけね。」


 「……では、陛下の体調は?」


 「……そういえば、最近、王様……顔色、すごく悪いらしいよ。詩のネタになるくらいには……。」


 「でも、どの証拠も“推理”の域を出ないのよね。」


 アデレードは不機嫌そうに紅茶を飲みながら言った。


 「肝心なのは、それを裏付ける“物証”よ。」


 その瞬間、全員の視線が一斉にルルの入ったピンク幼児バケツに向けられた。


「……な、なんだね君たち。そんな目で見るんじゃない……わしはただのナマズだよ。たまたましゃべれるけど、たまたま……たまたま色々見て、飲み込んだだけで……。」


 ルルが水中でじりじりと下がる。

 するとフィオナが立ち上がり、まっすぐにピンクの幼児バケツに歩み寄った。じっと何かを見極めるように。


 「お腹の中に、親指くらいの細い筒と、小さな瓶。どっちも、飲み込んでる。」


 「えええ!?」


 ノエルが驚きの声を上げる。


 「あんた、よくお腹壊さなかったね!?」


 「消化不良とか大丈夫なの!?」


 「食べるときに違和感なかったの!?」


 「てか、そんなの飲むなよ!」


 わいわい騒ぎ始める少女たちをよそに、ルルはぴたりと動きを止めた。


 そして、低く、ぞっとするような声で語り出した。


 「……あの夜じゃ……わしは……見ちまったんだよぉ……あの女と、薬師長……なにやらヒソヒソ、見せ合っておったねぇ……。」


 娘たちはゴクリと喉を鳴らし、ライオネルはこぶしを握り、クラリスがそっと目を伏せてカップを傾けた。


 「細い筒の中には……計画書じゃよ……国王を、料理でゆっくり、じわじわと……“自然な病死”に見せかけて殺すって内容じゃった……。」


 ライオネルは絶句した。


 「……お前ら、どこの諜報機関なんだよ……」


 場の空気が一息ついたそのときだった。


 椅子の背にもたれていた男が、やれやれとばかりに髪をかき上げた。


 「……もうダメだ。君たちの行動力意味不明すぎる。」


 その声に、一同の視線がライオネルに集まった。


 「なによ、いきなり」


 アデレードが眉をひそめる。


 ライオネルは、重くため息をつくと、まるで腹をくくったように身を乗り出した。


 「言っておくが、本当は口外厳禁なんだぞ。けど……ここまで核心に迫られて、黙ってるのは逆に怖い」


 「じゃあ、やっと“何者か”名乗ってくれるのね?」


 アデレードがあきれ気味に言った。


「私は……王宮騎士団第七部隊・副隊長ライオネル・ヴァレンシュタイン。」


「は?」


「……えっ」


「うそっ……王宮の!?」


「そんな偉い人だったの!?」


少女たちが一斉に立ち上がり、椅子がガタガタと揺れる。


「うっわ、あの変な人、ほんとに偉い人だったの……」


「クラリスさん、普通に『帰れ』って言ってましたよね……。」


「言ってたね……しかも何度も……」


 ライオネルは顔を手で覆った。


「……あのときの無視、ちょっと傷ついたんだからな……。」


 「いや、バケツ持ってる日に毎回バレバレの尾行でついてきてうざかったから、何度も『帰れ!』って言ったのに全然引かないんだもんもう無視するしかないじゃん。」


 クラリスはちょっとだけ目をそらした。


 「ああ……それは説明しないとだな」


 ライオネルが苦笑しながら話し始める。


 「三ヶ月ほど前から、王宮内で第三側妃がしゃべるナマズ“を探していると話題になっていて、俺は極秘任務でそれを探していた。だがその頃、君たち祖母――マルセラ様が件のナマズを釣り去ってしまったんだ。」


 部屋に一瞬だけ妙な沈黙が落ちる。


 「……つまりまとめると、王宮騎士さんは、しゃべるナマズを探してたらばあちゃんに釣られて、必死に追いかけてたら私たちにたどり着いて動向調査してたのに捜査対象に全部バレバレだった、ってことね。」


クラリスがまとめる。


 「……あまりに情けない要約だけど、否定できないのが辛い……。」


ライオネルはそう言って、正面からクラリスに向き直った。


 「……情けないついでで申し訳ないが。……手を貸してくれないか。ルルの中にある、その“証拠”を――“王宮の闇”を、明るみに出すために。」


 少女たちはしばらく黙って見つめていたが――


 「まあ……しょうがないわね」


 アデレードが先に口を開いた。


 「ここまで来たら、最後まで見届けるわよ」


 シャーロットが頷く。


 「でもルルは、私たちの仲間だからね。ぞんざいに扱ったら許さない。」


 クラリスが釘を刺した。




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