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第7話 世界の意思

 世界の意思は選ばれし献身者セリアンを求める。

 選ばれし献身者セリアンは世界の維持のための機構である。


 世界とは生命の大樹ヴィヴァルボルに他ならぬ。

 その頂きより光振り撒く、万物の、生命の源。


 学び舎ヴィラリアの教師たちに訊いても、図書館のどの本を調べても。


 選ばれし献身者セリアンなくして世界の維持は成らぬ。

 それは神の摂理にして、不可侵の心理。


(そりゃあ、学生が簡単に見つけられるような方法があるなら、誰だって知ってるに決まってる)


 アムルが求めているのは、存在し得ぬ可能性だった。

 選ばれし献身者セリアンが居なくても、世界が維持される方法。


(あるわけない。わかってる。だってそんなことが本当にあったら、世界が根底からくつがえる)


 けれど調べれば調べるほど、わからなくなる。

 選ばれし献身者セリアンは供物としか思えない。


 祭壇に捧げられる生贄。

 理を保つために、犠牲になる人間。


(何故、ラミエルさまはそんな世界を創ったの……?)


 生命の大樹ヴィヴァルボルは世界を生かしている。

 けれどそのために誰かが「選ばれ」、その命を大樹へと注がねばならない。


(どうしてそんな仕組みがないと、成り立たない世界なんて、創ったの?)


 怒りとも悲しみともつかぬ感情が、腹の底で渦巻いていた。

 古代の神である光の竜から奪い取り、踏みにじり。

 この世界を創った存在。

 至聖神ルミエル。

 人に世界を与えた存在。


 何故、そこに犠牲が組み込まれたのだろう。

 神の試練というものなのだろうか。


「試練は祝福の証である」

 ――アルボル典書・犠牲と再生の書・第五章・祈祷詩第十六節


 肉体の試練を得、精神の試練を経て、魂の試練を受ける。

 耐久と浄化。従順と犠牲。

 繰り返し、繰り返し、繰り返し……。

 輪廻を重ね、天啓を得る。


 そうしてやっと、高次霊魂に至る。


 選ばれし献身者セリアンはそこを飛び越して高次霊魂に至り、天界レミナリアに至る。


 それは、救いなのか、それとも……。


(わからない)


 いくら考えても、考えても、考えても。

 わからないまま。時間だけが過ぎていく。


「答えが、欲しい」


 アムルはぽつりと呟いていた。

 静かな図書館の中、声は闇へと吸い込まれていく。

 聴く者は無い。


 どこかでページがめくられる音がした。

 アムルは顔を上げる。


 誰の気配もない。

 けれど確かに音は聞こえた。


 アムルは立ち上がり、奥へと足を進めた。

 本棚の影、月の光が差し込む窓辺の机の上。


 一冊の本が開かれて、そこに在った。


 誰か片付け忘れたのだろうか。

 アムルは手を伸ばし、おかしなことに気付いた。


 開かれたページに書かれているのは、一行だけ。

 今では使われていない古い綴りで、記されたそれは。


 ――循環の外にあるもの


 どくん、と心臓が跳ねた気がした。

 それは直感であり、衝動。


 手に取ってはならない。

 手に取らなくてはならない。


 相反する二つの心に揺さぶられ、けれどアムルは手を伸ばした。


 予想に反して本は随分と軽く感じられた。

 二百ページほどだろうか。

 片手で持ててしまうくらいの、軽さ。


 表にも裏にも、勿論背にも、題名は無い。

 黒に近い紫紺の、革でもない手触りの、不思議な本。


 アムルは本を手に取ったまま、固まっていた。

 咄嗟に手に取ってしまったけれど、どうしたらいいのかわからない。


 アムルの逡巡を汲み取ったかのように、本が脈打った。


(!?)


 気がした。

 本が脈打つ訳が無い。

 恐る恐る、アムルは表紙に触れた。


 ――何やら文様が浮かび、薄らと、金色に輝きだした。


 アムルは息を呑む。

 それは生命の大樹ヴィヴァルボルの紋章、その逆印――円とその内に重なる、逆さまの正三角形――だった。




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