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第三章 汝、世界を否定せし者

第1話 魔王誕生

 大聖堂の露台バルコニー。そこに据えられた聖なる台座ヴィヴァルターロ

 生命の大樹ヴィヴァルボルを背に、パンドラは白衣者カンドレルに支えられていた。


至聖導師グランダルコン選ばれし献身者セリアンをお守りしろ!」


 神徒レオナールたちが音もなく現れ、アムルを取り囲んだ。

 パンドラは目を見開いて、アムルを見詰めている。


 アムル、とその唇が動いたのがわかった。


 声は届かなかった。

 アムルは泣き笑いの表情で、パンドラに手を差し出す。


「ごめん、ごめんね……パンドラ。わたし、やっぱり、だめだよ。約束を破る」


 目を離さずに。

 最後の瞬間まで、ずっと。

 パンドラを見ている。


「――見て、られない」


 その約束を、破る。


 神徒レオナールが走った。

 抜き身の剣を振り上げて、躊躇なく振り下ろす。


 パンドラが悲鳴を上げて、アムルは――


 アムルは静かに立っていた。


 剣は折れ、乾いた音を立てて露台バルコニーに転がった。


「アムル……?」


 パンドラが、呆然とアムルを見つめた。

 親友だった少女は今、黒く揺らめく炎に、包まれているように見えた。


 学び舎ヴィラリアの制服を纏い、帽子はどこかに吹き飛んで。

 亜麻色の髪が生き物のように、うねった。

 紫水晶の眸は濡れて、きらきらと輝いていた。


 神徒レオナールの一人が弾き飛ばされて倒れている。

 白衣者カンドレルが駆け寄り、抱き起した。


「……なにをした?」


 白衣者の問いに、アムルは答えなかった。

 答えようが無かった、と言うのが正しい。


 だって、アムルはのだから。


 剣を振り被られ、アムルは反射的に目を閉じた。

 両腕を上げて、頭を庇ったかもしれない。


 それだけ。


 なのに、剣は折れ、神徒は倒れ。

 アムルは……黒き力に守られていた。


呪われし力マレフォルティアか……!」


 至聖導師グランダルコンが呻くように口にした言葉に、周囲がおののく。


「マレ……なに?」


 パンドラが、アムルが眉を寄せる。

 学び舎ヴィラリアの学生たちは知らない言葉だ。

 知る必要もない、知ってはならない言葉。


 禁じられた力。


「覚醒前に、討て!」


 隊長格の神徒が槍でアムルを指し示し、十人程が駆け寄って……

 アムルはもう、動かなかった。


 ただ、拒絶する。

 それだけ。


 神徒たちは弾かれ、ばたばたと露台に倒れた。

 アムルを守る黒い力は、時々緑にも光って、禍々しくも神々しくも見える。


 白衣者に庇われていた至聖導師が一歩、前に出た。


「まだ間に合う。心を静め、呪われた力マレフォルティアを抑えなさい。学び舎の子なら、できるはずです」


 黒い炎の影が燐光のように緑に煌めく。

 至聖導師にその端が触れそうになって、アムルは首を振る。


「だめ、下がって! 危ない!」


 至聖導師に害意は無い。神徒とは違う。

 アムルを傷付けようとはしていない。


「大丈夫。落ち着くのです」


 優しく諭すその声に、アムルはいやいやと首を振った。


「抑え方がわからない! 傷付けたくない! 至聖導師グランダルコンさま、近付かないで、危ないから!」

「いい子だ。落ち着いて。息を吸って、ゆっくりと吐きなさい」


 後退あとずさるアムルを、至聖導師はどこまでも優しく、落ち着かせようとしていた。


「その力は、良くないもの、正しくないものです。わかりますね?」


 アムルはこくりと頷いた。

 わかっている。これは、世界に抗う力。

 正しいものに、逆らう力だ。


「手放すのです。さあ、心を開いて」

「だめ……手放したら、パンドラを、パンドラが、」


 言葉にならない思いを汲み取り、至聖導師はパンドラを振り返り、アムルを見、頷いた。


「優しい子ですね。友達が選ばれし献身者セリアンとして召されるのが、悲しい。そうですね?」


 パンドラが息を呑んだ。

 自分の存在が、選ばれし献身者セリアンであることが。

 アムルをここまで追い詰めたのだと気付いて。


 パンドラは膝から崩れ落ちた。

 白衣者が慌てて支え直す。


「どうして、かみさまは、世界をこんな風につくったの? どうして選ばれし献身者セリアンが必要なの? 至聖導師さま、どうして、なんで……」


「それは、神のみぞ知ることです」


 至聖導師の言葉に、アムルは顔を歪めた。



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