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第4話 献身の儀

 呪われた力マレフォルティアの黒い波は大聖堂の露台バルコニーを、覆うように渦巻いて。

 生命の大樹ヴィヴァルボルはその奔流を受け止め、押し返すように輝きを増した。

 大樹の周囲に漂う蛍のような光は、いまや星々のように辺りを照らしている。


 殺気立った神徒レオナールはいまや一人二人と増え、次々とアムルに向かって刃を繰り出している。

 アムルは一歩ずつ後退せざるを得なかった。


「止めて! 止めてよ!」


 パンドラが叫ぶも、聞く者は居ない。

 イアサントは冷徹にその場を睥睨へいげいする。


 本当はパンドラにもわかっていた。

 アムルは呪われた力マレフォルティアをその身に宿している。



「異端は排除せねばならぬ。

 呪われた力マレフォルティアを拒絶せよ。

 それは生命の大樹ヴィヴァルボルの、すなわち世界の意思である」



 先程のイアサントの言葉は、ある側面から見れば、揺ぎ無い真実だ。

 エクレシア・ヴィヴァルボルムの教えにのっとって、呪われた力マレフォルティアは拒絶するのが当然である。

 受け入れるのは異端。


 至聖導師グランダルコン呪われた力マレフォルティアにも慈愛を示し、受け入れようとした。

 その行為は、異端と見做みなされる。


 導師アルコンイアサントはそれを断罪したのみ。

 そう主張されれば……認めざるを得ないだろう。


 大きく目を見開き、パンドラはイアサントを睨み付けた。

 イアサントは平然と受け止める。


――世界が壊れてもいいのか?


 そう問い掛けているように、パンドラには思えた。

 とても冷たく、けれど平らかな眼差しだった。

 動揺の一欠片さえ見えない。


 パンドラは白衣者カンドレルの手を振り払うと、ぴしりと背筋を伸ばした。

 イアサントは面白そうに目を細める。


 パンドラはイアサントを真っ直ぐに見つめ、誇り高く宣言した。


「わたしは選ばれし献身者セリアンパンドラ・ベルティエ。

 わたしはわたしの意思で、世界を守るわ」


 誰かのためじゃない。

 アムルの所為せいじゃない。


 わたしが。

 壊したくないと、思ったから。


 アムルに視線を向け、パンドラは愛おしそうに微笑んだ。


「生きてね」


 声が届く筈も無いのに。

 アムルは振り向いて、その目を大きく、限界まで見開いて。


 パンドラに手を差し出した。


「ごめんね、アムル。大好き」


 ここから逃げて。

 生き延びて。

 そして。


 パンドラは聖なる台座ヴィヴァルターロに自らの意思で昇ると、生命の大樹ヴィヴァルボルに向かって両腕を大きく広げる。



「あまねく黎明のときに至りて

 我が心 ほむらの如く空へ昇らん

 星々もまた 沈黙をこうべを垂れ

 天界レミナリアよ まことの願い聞き給え


 囁きて成さるる祈りも

 深き嘆きも虚ろなる叫びも

 風にゆだねられしものは すべて

 いと静けき水面みなもの如く 受け入れられん」



「待って!」


 アムルの悲鳴が響いたけれど、パンドラは詠唱を止めなかった。

 そして神徒レオナールたちの攻撃の所為で、台座へと近寄ることもできない。



「雫となりて落つる祈りを

 きよき流れに乗せ給え

 流転の内に光は宿り

 生命の大樹ヴィヴァルボルへと還りなん


 さすれば今 我は祈る

 願わくば この声 風と共に在れ

 空と大地とを結ぶ大樹に溢るる

 一滴ひとしずくの光とならんことを」



 何本もの幹が互いに絡まり合い、太く重なって、天と地を繋ぐように、遥か彼方まで伸びている生命の大樹ヴィヴァルボル

 その内の二つが緩やかにほどけたように見えた。

 光りが溢れ出る。

 そして。

 うろのように開かれたそれは、パンドラを招き入れた。


 パンドラは一度だけ振り返り、アムルを見る。

 少し意地っ張りで、少し誇らしげな、表情で、笑って。


 洞は閉じた。


 光りは収束し、生命の大樹ヴィヴァルボルはいつもの姿に戻る。

 まるで何事も無かったかのように。



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