パンドラが
「世界は存続する」
イアサントは淡々と宣言し、アムルを見た。
お前はどうする、とでも言いたげな視線。
身体の内側で、薄いガラスが割れるような音がした気がした。
「……ぁ、あ、あ」
アムルが目を閉じる。
耳を塞ぐ。
身体を折り曲げ、俯いて。
「ぅあああああああああああああああああ!!」
それは、魂からの慟哭。
無防備な背中に斬りかかった
アムルの周りを、神語を裏返したような文字列が、帯のように取り囲んだ。
くるくると回るそれは、禍々しい何かであることしかわからない。
その場の誰も見たことの無いものだった。
「――呪われよ」
アムルが低く呻いた。
涙に濡れた頬を
眸だけが紫炎のように燃え盛っている。
「呪われよ、イアサント。
呪われよ、
わたしは
アムルはゆっくりと宙に浮いた。
何の詠唱も、何の術式も行使せず。
ただ、
「撃ち落とせ」
イアサントは
幾つもの光の筋がアムルを襲い、けれど、見えない壁に阻まれたように、弾けて消えた。
アムルは天高く舞い上がり、一度だけ、
そして。
何処かへ飛び去った。
イアサントは的確に指示を飛ばし、呆然と座り込んだままの者をも容赦なく走らせた。
やっと駆け付けてきた王国の騎士に、手短に状況を説明。
「だが、
魔王討伐は必要でしょうがな」
「
鷹揚に頷くイアサントに、
最後までパンドラを支えていた女性だ。
「何か文句があるのなら聞こう」
白衣者は一礼し、けれど憎しみさえ感じる目をイアサントへと向けた。
「至聖導師さま刺殺の件はしっかりと報告させて頂きます。相応の覚悟をお持ちください」
「構わん」
イアサントの返答は淡々としたもので。
白衣者は眉根を寄せる。
勝算があるのだろう。
根回しは済んでいるということか。
白衣者は憤りを滲ませながらも、静かにその場を離れて行った。
それが今できる、唯一の抗議でもあった。
イアサントは、その存在をすぐに忘れ去ったかのように背を向ける。
彼の視線の先には、今や空っぽの
世界は救われた。
辛うじて、今は。
黒き炎も、叫びも、慟哭も。この
ところどころ剥がれたタイルや、欠けた手摺りに、くっきりと。
それでも
パンドラを呑み込み、アムルの呪詛を受け、それでも。
まるで何も起きなかったかのように。