ユグド=ミレニオの王都エルセリアには、
大地を割り、隆起するように伸びたその根は、まるで大蛇が眠る姿にも見える。
幾重にも重なりうねる根は、神々しさと威容を放ち、そこに在る。
根、と伝えられてはいるが、それが本当に根であるかは定かではない。
ある古文書には幹の分岐と記され、またある伝承では枝のひとつであるとも。
ひとつ確かなことは、それが
その聖なる場所を守るように建てられた神殿がある。
名を
根に祈るというその名は古代語由来とされており、ユグド=ミレニオ建国よりも古いとも伝えられる。
その神殿のもう一つの名が、聖剣の神殿。
その名の通り聖剣の安置された神殿だ。
安置された、というよりは根に深く突き刺さっていて――或いはそこから
伝承によれば「世界が危機に瀕した時、選ばれし勇者のみがその聖剣を引き抜く」のだそうだ。
そしてそれこそが「今」である、と誰もが口を揃えて言う。
魔王討伐令が発せられてより、この神殿を訪れる者は数多い。
我こそは選ばれし勇者であると信じる猛者が、幾人も訪れては聖剣を抜こうとし、できないでいる。
騎士、傭兵、異国の剣士、果ては詩人や詐欺師までもが、聖剣を求めてここに立つ。
己こそが選ばれし者だと信じ、或いは装い、剣の柄を握る。
だが誰一人、抜くことはおろか、揺らがすことすらできなかった。
聖剣の、半ば以上隠れた刀身は、金属ではない何か――まるで光を固めて練り上げたようなもの――で、できているように見える。文字が刻まれているのだが、今までどの聖職者も、また、どの学者も、その意味を読み解けていない。
柄は滑らかではあるが木の枝のように捻じれていて、色合いも生命の大樹の樹皮のように、僅かに緑がかった茶色であった。
鍔は過度な装飾を排した意匠だが、双翼か花弁のように、柔らかく弧を描いた優美な形状である。
女神ヴェルダントが
だが断定するには至らず、正式な名も由来もわからぬまま、今もただ「聖剣」と呼ばれている。
聖剣を、抜けなかった者は数知れず。
ユグド=ミレニオで最強とされる近衛騎士団長ジェラルド・ラヴェル。
ヴィヴァ教団を守る
名高い異国の戦士であるコンラート・ハルトヴィヒ。
彼らでさえ、聖剣の前で何の力も示すことができなかった。
今や王都エルセリアでは、「いつ、誰が、聖剣を引き抜くか」の賭けまで流行っているらしい。
市井の者たちにとって、畏敬と祈りは既に娯楽へと変わり始めていた。
「やっぱり辺境と違って、王都ってのは賑やかだね、
「そりゃお前、何てったって王都だからな」
明らかに田舎から出てきたとわかる風貌の二人組が、大通りを歩いていた。
青年と老人。
彼らの目指す先に、聖剣の神殿がある。
二人が身に付けているものは膝丈ほどの簡素な
丈夫な外套に、荷物を背負って。そして共に帯剣していた。
これほど見事に「村人の旅装束」を纏った例も少ないのではないだろうか。
簡単に言えば野暮ったい。
若い娘たちが控えめに、けれど明らかに笑いを含んだ目で二人を見ては、くすくすと通り過ぎていく。
「やっぱり行くの止めようか。なんか恥ずかしくなってきた」
「ばか野郎、お前、王都まで来て、聖剣拝まずに帰れるかってんだ」
「まあ、俺は初めてだけどさあ。祖父ちゃん何度も来てんでしょ?」
「
老人は目を輝かせ、笑った。その表情は実に嬉しそうで。
青年はやれやれと思いながらも、祖父孝行なら仕方ないと同道を決めた。
相変わらず注目は集めているのだけれど。
「それにしても人多いね」
「祭みたいなもんだからな」
「いや、魔王討伐は祭じゃねえよ」
「似たようなもんだろ」
言い切る祖父に、青年は苦笑した。
――その先にあるのが、伝説の聖剣。
人々の祈りと夢と欲望とが交錯する、王都最大の謎と奇跡の場所であった。
そして、その根に抱かれた聖剣は、ただ静かに、悠久の時を超えて――「その時」を待ち侘びている。
選ばれし者の手によって引き抜かれる、その一瞬を。
眠りから目覚めるように、封印が解かれるその時を。
聖剣自身が、勇者の到来を夢見ているかのように。