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第7話 聖剣の神殿

 ユグド=ミレニオの王都エルセリアには、生命の大樹ヴィヴァルボルの根が一部露出している地点がある。

 大地を割り、隆起するように伸びたその根は、まるで大蛇が眠る姿にも見える。

 幾重にも重なりうねる根は、神々しさと威容を放ち、そこに在る。

 根、と伝えられてはいるが、それが本当に根であるかは定かではない。

 ある古文書には幹の分岐と記され、またある伝承では枝のひとつであるとも。


 ひとつ確かなことは、それが生命の大樹ヴィヴァルボルの一部である、ということだ。


 その聖なる場所を守るように建てられた神殿がある。

 名を根祈の聖堂ラディセリオ

 根に祈るというその名は古代語由来とされており、ユグド=ミレニオ建国よりも古いとも伝えられる。


 その神殿のもう一つの名が、聖剣の神殿。


 その名の通り聖剣の安置された神殿だ。

 安置された、というよりは根に深く突き刺さっていて――或いはそこからのではないだろうかと思えるくらいに一体化していて――抜くことができないというのが正しい。

 伝承によれば「世界が危機に瀕した時、選ばれし勇者のみがその聖剣を引き抜く」のだそうだ。


 そしてそれこそが「今」である、と誰もが口を揃えて言う。


 魔王討伐令が発せられてより、この神殿を訪れる者は数多い。

 我こそは選ばれし勇者であると信じる猛者が、幾人も訪れては聖剣を抜こうとし、できないでいる。


 騎士、傭兵、異国の剣士、果ては詩人や詐欺師までもが、聖剣を求めてここに立つ。

 己こそが選ばれし者だと信じ、或いは装い、剣の柄を握る。


 だが誰一人、抜くことはおろか、揺らがすことすらできなかった。


 聖剣の、半ば以上隠れた刀身は、金属ではない何か――まるで光を固めて練り上げたようなもの――で、できているように見える。文字が刻まれているのだが、今までどの聖職者も、また、どの学者も、その意味を読み解けていない。

 柄は滑らかではあるが木の枝のように捻じれていて、色合いも生命の大樹の樹皮のように、僅かに緑がかった茶色であった。

 鍔は過度な装飾を排した意匠だが、双翼か花弁のように、柔らかく弧を描いた優美な形状である。


 女神ヴェルダントが生命の大樹ヴィヴァルボルの若い枝から作り上げたという剣、ヴィタリス=グラーディアではないかという説もある。

 だが断定するには至らず、正式な名も由来もわからぬまま、今もただ「聖剣」と呼ばれている。


 聖剣を、抜けなかった者は数知れず。

 ユグド=ミレニオで最強とされる近衛騎士団長ジェラルド・ラヴェル。

 ヴィヴァ教団を守る神徒レオナール筆頭のネリオ・コルディエ。

 名高い異国の戦士であるコンラート・ハルトヴィヒ。


 彼らでさえ、聖剣の前で何の力も示すことができなかった。

 今や王都エルセリアでは、「いつ、誰が、聖剣を引き抜くか」の賭けまで流行っているらしい。

 市井の者たちにとって、畏敬と祈りは既に娯楽へと変わり始めていた。




「やっぱり辺境と違って、王都ってのは賑やかだね、祖父じいちゃん」

「そりゃお前、何てったって王都だからな」


 明らかに田舎から出てきたとわかる風貌の二人組が、大通りを歩いていた。

 青年と老人。

 彼らの目指す先に、聖剣の神殿がある。


 二人が身に付けているものは膝丈ほどの簡素な胴衣チュニック。腰に巻いた革の帯。

 丈夫な外套に、荷物を背負って。そして共に帯剣していた。


 これほど見事に「村人の旅装束」を纏った例も少ないのではないだろうか。

 簡単に言えば野暮ったい。

 若い娘たちが控えめに、けれど明らかに笑いを含んだ目で二人を見ては、くすくすと通り過ぎていく。


「やっぱり行くの止めようか。なんか恥ずかしくなってきた」

「ばか野郎、お前、王都まで来て、聖剣拝まずに帰れるかってんだ」


「まあ、俺は初めてだけどさあ。祖父ちゃん何度も来てんでしょ?」

おうよ。そりゃあ素晴らしいもんだぜ、ありゃあ。美しいってのはあの剣のためにある語なんじゃねえかと俺は思うぜ」


 老人は目を輝かせ、笑った。その表情は実に嬉しそうで。

 青年はやれやれと思いながらも、祖父孝行なら仕方ないと同道を決めた。


 相変わらず注目は集めているのだけれど。


「それにしても人多いね」

「祭みたいなもんだからな」


「いや、魔王討伐は祭じゃねえよ」

「似たようなもんだろ」


 言い切る祖父に、青年は苦笑した。



 ――その先にあるのが、伝説の聖剣。

 人々の祈りと夢と欲望とが交錯する、王都最大の謎と奇跡の場所であった。

 そして、その根に抱かれた聖剣は、ただ静かに、悠久の時を超えて――「その時」を待ち侘びている。

 選ばれし者の手によって引き抜かれる、その一瞬を。

 眠りから目覚めるように、封印が解かれるその時を。

 聖剣自身が、勇者の到来を夢見ているかのように。




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