学問都市ルミナヴェルダ――
石畳の通りには、朝早くから分厚い書物を抱えた若き学徒たちの姿があり、道端では老賢者が巻物を手に弟子たちへ哲学を語る声が響いていた。
風に揺れる旗には、いずれも学派や学会の紋章が描かれており、通りごとに異なる学問の香りが漂う。
錬金術の蒸気、古文書のインク、異国の香草――
それらが雑然と、しかし不思議と調和していた。
街には書店が軒を連ね、文献商の露店まであるほどだ。
初版本の競り市や、禁書に限りなく近い
活気に満ちた広場では、日々公開討論や実験が行われ、誰もが真理に向けて声を上げ、記し、問い続けることを許されていた。
ここでは学ぶこと、疑うことこそが最大の敬意とされる。
だが、喧騒の中心から少し外れた場所――
ルミナヴェルダの街の端、小さな丘の上に佇む修道院だけは、どこか異質だった。
静かで、慎ましく、まるでこの都市に背を向けるかのように建っている。
それが、知と探求を司る
アムルは学生の風体で大通りを進んでいた。
肩に掛けた鞄の重さよりも、胸の内に渦巻く焦りの方がずっと重い。
一刻も早く
だが、この街の至る所に並ぶ稀覯本の数々を読み漁りたいという欲求も、強く彼女を苛んでいた。
まるで二人の自分がいて、内側で鬩ぎ合っているようだった。
(わたしが二人居たら)
一人は
もう一人は
そんな、くだらないことを考えて、アムルは少し苦笑した。
我ながら、随分と余裕なことだ。
(本当は擦り切れそうなくらいなのにね)
ルミナヴェルダの大通りは、今日も熱気に満ちていた。
活気に満ちた討論は、聞き耳を立てずともよく聞こえてくる。
「
「古代に失われた力が――」
誰かの問い。誰かの答え。
そのどれもが、知を渇望する者たちの熱意に満ちていた。
ここでも「魔王」は議論の中心にある。
それが自分を指していることを、アムルは知っている。
けれどそれを振り切るように、再び足を速めた。
まるで打ち捨てられたように――
知と探求を司る
生い茂った雑草が、遠慮なく絡みつき、まるでその存在を隠すように覆い被さっている。
誰にも見い出されることを望まず、息を潜めているかのようだった。
「知り過ぎることは毒となる、みたいな格言があった気がする」
アムルはぽつりと呟いた。
選択肢が増え過ぎたが故に、却って何も選べなくなる――
確かそんなことを言っていた気がする。今はもう、正確な出典も思い出せないけれど。
遠い授業風景。
教団に立っていたのは誰だっただろう。
頭の片隅に浮かべ、アムルは
足取りに迷いはない。
たとえどのような選択を突き付けられたとしても。
アムルは、選び取らなくてはならなかった。
草を掻き分け、台座に触れる。
けれど――
何も問わなかった。
「知と探求を司るのではなかったの? それとも、わたしには過ぎたものだから、
――
台座は応えた。
だが、それはアムルの望む答ではなく――
アムルは、少しの怒りと落胆の混ざった吐息を零した。
「ここに無いなら、どこにあるの。あなたが知らないなら、誰が知っているの」
――汝の求めるもの、此処に在らざりし
打ちひしがれて。けれど、絶望はしなかった。
希望など、そもそもの最初から薄いのだから。
それでもまだ、終わらせるわけにはいかない。
アムルは唇をきつく、噛みしめた。血が滲むほどに。
まるでそれが、心を支える