王都エルセリアの一角。
どこにでもあるような普通の酒場だった。
いかにも田舎者といった風体のロイクを、店主は胡乱な目付きで眺めて――
一人の男を紹介してくれた。
「情報が欲しいって言うのは、あんたかい、兄ちゃん」
軽薄そうな青年が、ひらりとロイクの前に座った。
じゃらじゃらと音を立てる、幾重にも重なった細い腕輪。
耳の縁を飾る幾つもの耳飾り。
長めの明るい茶色の髪に、甘い顔立ち、濃い灰色の眸。
ロイクは「本物」を初めて見る。
情報屋。
金銭を対価に情報を提供する者を指す。
人物、あるいは組織・団体に関する情報を、別の人物に提供する者。
もしくは秘密裏に敵や競争相手の情報を得る者。
元・諜報員や工作員、時には現役の場合さえもあるという。
「……ええと、どうも。ロイクです」
「マリオだ。宜しくな。で、何が欲しいんだ?」
ロイクは少し緊張しつつ、頭を掻いた。
どう切り出そうかと迷って、結局は率直に尋ねることにした。
「魔王の、話とか、無いすかね」
「魔王」
マリオは鸚鵡返しに応じ、何度か目を瞬くと、大袈裟に頷いた。
「あー、ああ、ああ、そうか。あんたあれか。勇者か」
一瞬、酒場の空気が止まった。
全員の視線がロイクに集中する。だが、すぐに霧散した。
誰もが視線を外しながら、耳だけはこちらに向けている。
「……いきなり
脱力し、苦笑するロイクに、マリオはなんとも邪気の無い笑顔を見せた。
「普通の奴は、情報屋に魔王の話なんて聞きには来ないな」
「そうっすね」
「でも、あんまり無いんだよな、それっぽい話」
マリオはこめかみを掻き、ぐいと顔を寄せてきた。
勇者がわざわざ聞きに来るとは、などとどこか楽しそうだ。
「
で、そこで魔王降臨と来たもんだ。
だけどそれ以降の目撃情報は無し。
俺の方こそ聞きたいくらいだね。
聖剣が導いてくれたり、しないのかい?」
ロイクは聖剣を見た。
作って貰ったばかりの鞘が、何とも真新しくて。
まるで駆け出しの冒険者のようだなと思った。
それはともかく。
「聖剣に導いてもらう、かあ」
「魔王関連の話は、今の所、本当少ないぜ。
別の怪異の話とかなら幾つかあるんだけど」
「別の」
「南の方で森が消えたとか、
聖剣を引き抜いた勇者が現れたとか……
ってのは、あんたのことだけどもさ」
ロイクはまた、がりがりと頭を掻いた。
勇者も怪異扱いか。
似たようなものかもしれない。
自分でもまだ、少し信じられない部分がある。
「取り敢えず、南に行ってみます」
「おう。頑張れよ、勇者さん」
マリオは軽く手を振って、ひらりと席を離れた。
鈴のように揺れる腕輪の音が、酒場の空気に短く響いた。
勇者。王命。魔王討伐。
まったく、お伽話にも程がある。
ロイクは溜め息を吐くと聖剣を
魔王関連の噂は無いという。
王宮でも似たような様子ではあった。
聖剣が導くでしょう。
などと、
「俺でいいのか……? ホントに」
(だいたい、なんで、俺なんだ?)
聖剣に語り掛けるも、返事は無い。
ロイクは小さく吐息を零した。
見つけ出して、討つ。
村の討伐要請と同じことだ。
暴れる獣を討伐する。
害獣を駆逐する。
畑が、家畜が、村が、襲われるなら仕方がない。
世界の危機など、まだ全くと言っていいほどに実感はわかないけれど。
当座の路銀も
ロイクは律儀な性格である。
(真面目に頑張ろう……)