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第六章 勇者の見つめる世界

第1話 はじめの一歩

 王都エルセリアの一角。

 どこにでもあるような普通の酒場だった。

 いかにも田舎者といった風体のロイクを、店主は胡乱な目付きで眺めて――

 一人の男を紹介してくれた。


「情報が欲しいって言うのは、あんたかい、兄ちゃん」


 軽薄そうな青年が、ひらりとロイクの前に座った。

 じゃらじゃらと音を立てる、幾重にも重なった細い腕輪。

 耳の縁を飾る幾つもの耳飾り。

 長めの明るい茶色の髪に、甘い顔立ち、濃い灰色の眸。


 ロイクは「本物」を初めて見る。

 情報屋。

 金銭を対価に情報を提供する者を指す。

 人物、あるいは組織・団体に関する情報を、別の人物に提供する者。

 もしくは秘密裏に敵や競争相手の情報を得る者。

 元・諜報員や工作員、時には現役の場合さえもあるという。


「……ええと、どうも。ロイクです」

「マリオだ。宜しくな。で、何が欲しいんだ?」


 ロイクは少し緊張しつつ、頭を掻いた。

 どう切り出そうかと迷って、結局は率直に尋ねることにした。


「魔王の、話とか、無いすかね」

「魔王」


 マリオは鸚鵡返しに応じ、何度か目を瞬くと、大袈裟に頷いた。


「あー、ああ、ああ、そうか。あんたあれか。勇者か」


 一瞬、酒場の空気が止まった。

 全員の視線がロイクに集中する。だが、すぐに霧散した。

 誰もが視線を外しながら、耳だけはこちらに向けている。


「……いきなり発覚バレるもんなんだな」


 脱力し、苦笑するロイクに、マリオはなんとも邪気の無い笑顔を見せた。


「普通の奴は、情報屋に魔王の話なんて聞きには来ないな」

「そうっすね」


「でも、あんまり無いんだよな、それっぽい話」


 マリオはこめかみを掻き、ぐいと顔を寄せてきた。

 勇者がわざわざ聞きに来るとは、などとどこか楽しそうだ。


聖都アルセリアが襲われたのは知ってるだろ。

 で、そこで魔王降臨と来たもんだ。

 だけどそれ以降の目撃情報は無し。

 俺の方こそ聞きたいくらいだね。

 聖剣が導いてくれたり、しないのかい?」


 ロイクは聖剣を見た。

 作って貰ったばかりの鞘が、何とも真新しくて。

 まるで駆け出しの冒険者のようだなと思った。


 それはともかく。


「聖剣に導いてもらう、かあ」

「魔王関連の話は、今の所、本当少ないぜ。

 別の怪異の話とかなら幾つかあるんだけど」


「別の」

「南の方で森が消えたとか、

 聖剣を引き抜いた勇者が現れたとか……

 ってのは、あんたのことだけどもさ」


 ロイクはまた、がりがりと頭を掻いた。

 勇者も怪異扱いか。


 似たようなものかもしれない。

 自分でもまだ、少し信じられない部分がある。


「取り敢えず、南に行ってみます」

「おう。頑張れよ、勇者さん」


 マリオは軽く手を振って、ひらりと席を離れた。

 鈴のように揺れる腕輪の音が、酒場の空気に短く響いた。




 勇者。王命。魔王討伐。


 まったく、お伽話にも程がある。

 ロイクは溜め息を吐くと聖剣をき、酒場を後にした。


 魔王関連の噂は無いという。

 王宮でも似たような様子ではあった。


 聖剣が導くでしょう。

 などと、聖詠者オラシエルは言っていたが――


「俺でいいのか……? ホントに」

(だいたい、なんで、俺なんだ?)


 聖剣に語り掛けるも、返事は無い。

 ロイクは小さく吐息を零した。


 聖都アルセリア襲撃以来、魔王は姿を見せていない。


 見つけ出して、討つ。

 村の討伐要請と同じことだ。


 暴れる獣を討伐する。

 害獣を駆逐する。


 畑が、家畜が、村が、襲われるなら仕方がない。

 世界の危機など、まだ全くと言っていいほどに実感はわかないけれど。


 無辜むこの民に害をなすなら、討伐命令は当然のこと。

 当座の路銀もしかと受け取った手前、誤魔化して辺境へ帰る訳にもいかなかった。


 ロイクは律儀な性格である。


(真面目に頑張ろう……)



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