ロイクはヴェルナリオ修道院跡を歩いていた
石造りの回廊。崩れたアーチ。蔦に覆われた窓枠。
(白い、世界)
建材はほとんどが白い石だった。
足音が
机も、椅子も……すべてに、白い埃がうっすらと雪のように積もっていた。
ひどく静かな景色だった。
無音であるというだけでなく、空気そのものが
まるで長い間、世界が息を潜め、誰にも触れられずにいたかのように。
(ここも破壊されたって割りには、きれいだ)
(壊れているのは古いからってだけみたいだし)
ロイクはぐるりと周りを見回した。
足跡があったような、微かな痕跡は見つけた。
けれど、その上に更に埃は積もっている。
誰かがここに居たのだとしても、既にそれなりの時間が経っている。
手掛かりがあるとは思えなかった。
だが、通り一遍に眺めるだけでは調査の意味が無い。
誰も居ないなら居ないということを、しっかりと確かめなくてはなるまい。
階段があった。地下室があるようだ。
ロイクは
地下にあったのは、何も無い円形の広い部屋。
中央に、こんもりと積もった、白い塵。
注意深く近付く。だが、どう見てもただの塵芥。
白い埃の山だ。
(何も、無かったか)
溜め息をひとつ。調査は完了だ。
異常無しと伝えてやれば、近隣の村々も安心するだろう。
ロイクは
だが、その時。
聖剣が共鳴した。
それは歌い出すような、振動。
(また、歌うのか――?)
高く、低く、唸るように。
まるで歌のように、聖剣はそれを響かせていた。
(この前のとは、なんか、違うな)
聖剣のその「声」に呼応するように――誰かの声が落ちてきた。
静かに。降るように。
それは柔らかな声だった。
歌ではなく。
囁きのようで、呟きのようで。
「忘れられたいわけでは無い。
忘れられることを悲しく思わないわけでは無い。
ただ、それよりももっと、大事なことがある。
それだけだ」
これは、少女の声だろうか。
静かで、優しく、そして――悲しかった。
あまりにも切なくて。
胸が苦しくなった。
「あんたは、誰だ?」
ロイクは思わず声を掛けていた。
だが、当然。
それに応える者は居ない。
返って来るのは、自分自身の
「……そういえば、声出したら帰れないんだっけ?」
ぼそりと呟き、ロイクはがりがりと頭を搔いた。
まあ、いい。
力尽くでなんとかするのは慣れている。
怪異も、魔獣も、果ては魔王までも。
この剣で斬れば消えるだろう。たぶん。
ここに辿り着くまでに、ロイクは何度か怪異や魔獣を退散せしめている。
大概が聖剣を抜けば消え去った。
ロイクが振るうまでもなく、聖剣はその輝きだけで全てを退けてきた。
光を固めたような刀身は、存在するだけで、威圧そのものだった。
「俺の出番、無くね?」
聖剣にぼやいてみても、返事はない。
(さっきまで歌ってたくせに)
それでも――
剣が導くのなら進むしかあるまい。
ロイクは改めて聖剣を見下ろし、微かに笑った。
「さあ、次はどうする?」
答はない。
だが、この先に「何か」があるのは確かだ。
見届けてやろう。
ロイクは心を決めた。
そして、再び、声が降る。
「たとえ世界中の誰に忘れられても。
たとえ誰一人として、思い出してすらくれなくても。
わたしという存在が消えてしまっても――」
ロイクの背に、その声が舞い降りた。
「そんなの、悲しいじゃねえかよ」
忘れられて。
思い出して貰えなくて。
存在すら、無くなってしまうだなんて――
そんなのって、ないだろう。
聖剣が、仄かに熱を帯びた。
光を固めたような刀身が、僅かに光の粒を零す。
それは、応えるようでもあり、慰めるようでもあった。