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第5話 白衣者の言葉

 魔王は、何処にも居ない。

 瓦版ビラに記された場所にも、魔王の痕跡は見つからなかった。


 ならば、破壊や殺戮は、一体「どこ」で行われたというのか。


 ロイクの中で、疑問ばかりが膨らんでいく。

 千年王国は本当のことを言っているのだろうか。

 ヴィヴァ教団の瓦版は真実を語っているのだろうか。


「食い違うんだよなあ……」


 何もかもがいる。

 瓦版ビラが描く「災厄」と、ロイクの見た現地の「静寂」とが、致命的にかみ合っていない。

 ロイクの中で、もはや無視できないほどに、違和感が膨れ上がっていく。

 そして、同時に湧き上がってくる気持ちがある。


 あの「声」が忘れられない。

 胸に焼き付いて、離れない。


「魔王は見てないけど、きれいな旅人さんには会ったよ」

「不思議な歌を歌ってた」



 あめのひ あめのひ きいてみて

 こころの おとは やさしいね

 ほほえみひとつ こぼれたら

 いたいの すこし とんでった



 誰が教えたのか、どこから来たのかもわからない。

 けれどそれを聞いたとき、ロイクは胸の奥に、どこか懐かしい、痛みのような感情が沸き起こったのだ。


 出会うのは、不思議で優しい歌ばかり。

 聴こえるのは、寂しげな囁きばかり。


 そんなものがのはずが無い。

 けれども、確かにそこにはが在った。



「あんたは、誰だ?」


 ロイクの問い掛けは、空へ、風へ。

 そしてまだ見ぬ魔王――アムルへと向けられていた。




 ロイクが各地で触れたアムルの「痕跡」は、災厄とは程遠いもので。

 歌や花、風の噂は、爪痕ではなく、癒しの挿話そうわだった。


 今ロイクが追い掛けている相手は、本当に「魔王」なのだろうか――

 そんな疑念が少しずつ、心を侵食していた。






 ロイクは旅の途中、辺境教会に左遷された白衣者カンドレルの噂を耳にした。

 名をシュゼット。

 かつて聖都アルセリアでは、選ばれし献身者セリアンに仕えていたという。


「そんな上級聖職者が、なんでこんな辺鄙な場所に飛ばされたんだ」


 ロイクの村とそう変わらぬ田舎だった。

 その辺鄙な村で。

 シュゼットは献身的に働いていた。


 教会で座して待つわけでは無く、自ら村人たちを看て回り、癒す。

 その働きぶりは近隣の村々にも知れ渡っており、わざわざシュゼットを頼って人が訪れるほどだった。


 選ばれし献身者セリアンに仕えていたのなら、魔王のことも知っているかもしれない。

 そう思ったロイクは教会を訪ねた。

 だが、シュゼットの態度は、あからさまにかたくなだった。


「お話することは何もありません。お引き取りを」

「俺は魔王のことを知る必要があるんだ」


 シュゼットの眸が鋭く光った。

 突き刺すような視線だ。


「討伐のためですか」

「知るためだ」


 魔王の痕跡を巡っても、何一つわからない。

 殺戮があったと瓦版ビラはいう。

 ことわりを侵したと教団は云う。


「魔王が何を望んで、何をしたいのか。何をしているのか。俺は知りたい」


 本当に、魔王は世界を滅ぼしたいのだろうか。

 何故、破壊の痕跡はひとつも見つからないのだろう。

 わからないことが多過ぎる。


 シュゼットはロイクを見つめ、心を決めたように表情を変えた。


「あなたが勇者だというのなら――本当のことを知りたいですか?」

「ああ」


 しばらく無言の睨み合いが続いた。

 先に目を逸らしたのはシュゼットだった。


「あれは魔王の襲撃などではありません」

「どういうことだ?」


 シュゼットは目を閉じ、唇を噛んだ。

 再び目を開けたとき、そこには固い決意が込められていた。


至聖導師グランダルコンを刺したのは、導師イアサントです」


 公的記録では、「アムルが至聖導師を殺した」と明記されている。

 つまり、世界に知られている「真実」は、改竄されていたのだ。

 それも、エレクシア・ヴィアヴォルムの正式な記録として。


「何でそんなことになったんだよ」


 シュゼットは眉を寄せ、けれど淡々と口にした。


「異端は排除せねばならぬ。

 呪われた力マレフォルティアを拒絶せよ。

 それは生命の大樹ヴィヴァルボルの、すなわち世界の意思である」


 あの時、イアサントが口にした言葉を、シュゼットは終生忘れることはできないだろう。


「私は、誰の味方でもない。何が正しいのか、今もわかりません。

 ただ、あのとき何が起こったかを知っている者として、

 沈黙することは罪だと思ったのです」


 ロイクは眉をひそめる。

 黙っているのが罪とは、どういうことだ。


「何が、あったんだ……?」



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