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第6話 真実とは何か

 シュゼットは懺悔ざんげする様に、あの時の状況を思い出す。


 口にするのを、今も躊躇ためらう。

 それほどに――重い。


「アムルは呪われし力マレフォルティアを身に宿した。

 故に、魔王と断じられました。

 至聖導師グランダルコン――今は亡き至誠導師は、

 そのアムルにも手を差し伸べました。

 イアサントはそれを異端と断じ、刺殺しました。

 そして献身の儀デヴォタリアの続行を命じたのです。

 パンドラは、選ばれし献身者セリアンとして、その使命を全うしました」


呪われし力マレフォルティア……」


 シュゼットはやるせない表情を見せた。


「アムルがの力に覚醒したのは、

 パンドラを失いたくなかったからです。

 彼女たち、親友だったのですって。

 あの時は、私も知らなかったけど……」


「何だよ、それ――」


 目をみはって、ロイクは言葉を失った。

 シュゼットは静かに続ける。


「パンドラは、選んだ。アムルは、抗った。イアサントは、実行した」


 誰もが、自分自身で選び取った。

 それは祈りであり、願い。


 誰が正しくて、誰が間違えたのか。

 それとも、正しい者など誰も居らず、誰もが間違えたのだろうか。


 ロイクは、自らが持つ聖剣に問いかける。


「そもそもの最初が歪められたものなら……

 俺が戦うべき敵って、誰なんだ?」


 聖剣からは返答はない。

 だが、シュゼットが静かに告げる。


「それを見極めるのが、勇者の道なのかもしれませんね」


 シュゼットには偽る理由がない。

 もし彼女の言葉が真実なら――

 ヴィヴァ教団そのものが、世界に対して嘘を吐いている。



 魔王は世界の敵ではないのかもしれない。

 ならば、勇者は何のためにのだろう。


 聖剣は、何故ロイクを選んだのだろう。


「なあ、何でだ?」


 問う声に、聖剣は応えなかった。




 選ばれし献身者セリアンとは何だったのか。

 誰の、何のための献身だったのか。


 ロイクは決して信心深い方ではない。

 だが、聖職者には礼を尽くすし、神に祈り、大樹も敬う。


 神や大樹が尊いものだと思う気持ちは、おそらくこの地に生きる者のごく自然な感情だろう。

 しかし、生命の大樹を敬うことと、ヴィヴァ教団を敬うことは必ずしも同一ではない。


 シュゼットの言ったことが本当だったのなら――。


(ヴィヴァ教団は嘘を吐いてる)


 ロイクの中に黒い感情が生まれた。

 嘘吐きは泥棒の始まりだ。

 嘘を吐くなと、幼少期から祖父にきつくしつけられてきた。


 教団は、いい。

 別に関わろうとしなければ、関わる必要もないのだ。

 辺境へ戻れば物理的に遠ざけることもできる。

 だが。

 ザルグリム村はユグド=ミレニオ王国の片隅に在る。

 王国領である限り、王命には逆らえない。


 だが、ヴィヴァ教団が王国に対しても真実を明かしていないのだとしたら。

 王国をたばかったのであれば――。


 ロイクはそれをユグド=ミレニオ国王に、報告すべきでは無いのだろうか。


 それとも。

 教団と王国は手を結び、協力して真実を隠蔽しているのだろうか。


 その場合、軽々しく動けば、ロイクは反逆者とされかねない。

 村に迷惑が掛かるな、と考えて。

 ロイクは首を振った。


 あの村なら、王国と教会の連合軍くらいなら撃退できる。

 何しろロイク程度の戦士なら、掃いて捨てるほどいるのだ。


 村のことは心配ない。


 そう。

 あとは自分の気持ち次第。


 ロイクは聖剣を鞘から抜いた。

 光を固めたような刀身が、眩くきらめいた。


 邪悪を一切許さぬとでも言いたげな、澄み切った刃。

 その光には曇りひとつ、ない。


「俺は、俺の信じる道を行く。でも、俺が信じられるのは――誰だ?」


 誰の言葉を信じればいい?

 誰を守り、誰を倒せばいい?


 守りたいのは大切な人たち。

 そして――故郷、ザルグリム。


 世界を守るのはそのだ。


 弱き者が助けを求めていたら、手を差し伸べたい。

 可能な限り、助けたい。


 けれど、世界と故郷を天秤に掛けたなら。


「――故郷を取っちゃうんだよな、どうしたって」


 ロイクは聖剣に語り掛ける。


「なあ、本当に俺を選んでよかったのか、お前は」




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