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第8話 最終追討令

 至聖導師イアサントの名の元に、教団は新たな声明を発表した。


「魔王は虚妄きょもうを世にき、奇跡を偽りにてなさんとす。

 されど、世界を包むべきは偽りに非ず、秩序なり。

 聖典に記されざる旋律を謳う者、すなわち異端と断ず。

 これ、災厄の兆なり」



 そして、ロイクの元へ報せの鳩アヴィヌンシアが届いた。

 それは至聖導師グランダルコン「直々の言葉」だ。


 教会と王国による「魔王への最終追討令」が発令された。

 勇者ロイクも当然その一翼を担うべし、とのことだ。


 聖都アルセリアの大聖堂に坐す、聖なる台座ヴィヴァルターロを死守せよ。

 そして魔王の首級くびを上げよ。


 だがロイクは、それに全面的には従えなかった。

 剣が重い。


 それでも、行かねばならない。

 聖都アルセリアへ。


 たとえ何が待ち受けているにしても。

 ロイクは対峙しなくてはならない。


 聖剣を携えし「勇者」として。




 ヴィヴァ教団への疑惑の想いは日に日に増していた。

 一度生まれた疑念は、容易には拭えない。


 世界に流れる「歌」を、教団は異端と断じ、禁じた。


 けれどロイクには、あの歌が悪しきものとは思えなかった。

 優しくて、寂しくて、いつも誰かを想っている。

 そんな心の声だった。






 聖都アルセリアの路地裏。

 ロイクは人通りの絶えた夜の街を、ひとり歩いていた。


 灯りは少ない。

 けれど、警備は増している。


「魔王が来る」

 その噂が、街に緊張を走らせていた。


(アムル・オリオール)


「魔王」と呼ばれる少女。

「災厄」とされる者。


 だが――ロイクの中には、彼女の明確な「像」が浮かばない。

 旅を通して、破壊と災厄の痕跡に出会わなかったからだろうか。

「魔王」と断じるには、確信が無さ過ぎた。


 それどころか――


 ロイクは足を止め、壁にもたれかかる。


「……会うべきか? 本当に」


 彼女は、世界に問いを投げかけている。

 自分は、それに剣で応えるべきなのか?

 それとも――言葉で、耳で、向き合うべきなのか?


(話したって、何が変わる? それで「正義」が捻じ曲がるなら、俺は――)


 でも、それでも――胸の奥でずっとくすぶっているものがある。

 歌。祈り。奇跡。


 あの林檎の、淡い香りのような、優しい痕跡が。

 決して「敵」とは思えない、温かさの記憶が。


「……もし、魔王がとしたら――

 じゃあ、俺の剣は……何のためにある?」


 答えは、出ない。

 けれど、迷いは確かに芽生えていた。


 ロイクは、夜の中に取り残されたように立ち尽くしていた。


 そのとき――風が流れた。

 街の片隅から、微かにあの旋律が聴こえた気がした。

 ロイクは目を見開く。


「……歌が、まだ消えていない?」


 彼はその音に導かれるように、夜のとばりの中へと歩を進めた。

 ロイクは風の中に「アムルの歌」を聴いた。

 音では無かった。

 けれど、確かに耳に届いた。


 聖剣が微かに震える――それは何度目かの「共鳴」。


 聖剣は泣いているのかもしれない。

 なんとなく、そう思った。


 何故そう思ったのか、自分でもわからない。

 けれど、確かにそこには悲しみがあった。


 聖剣から、風から、そしてこの歌から感じられるのは、淡い涙の色だった。



 空よ、大地よ、森よ、風よ

 どうか、私の大切な人に──

 いつも優しく、あたたかくあってください

 傷つくことがありませんように

 迷うことがありませんように

 光の中を歩いていけますように



(きっと、もう、来てる)


 ロイクはそう確信した。


 アムル・オリオール――

 彼女はきっと、聖都アルセリアのどこかに、既に潜んでいる。




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