会ったこともないけれど。
敵として、真向かうことが定められた相手だけれど。
この声は、アムルの声なのだと、ロイクはそう思った。
どうしようもなく、心が惹かれる。
強烈に暴力的に引き付ける力ではなく、祈りのような静かな呼び声。
優しさと寂しさと、悲しさと愛しさと。
それらが溶け合った、なんとも不思議な声だった。
想像していたような怒りは、何故か聞こえない。
恨みも、破壊の衝動も。
不思議なほどに、そこにはなかった。
わたしは あなたを忘れない
いつか あなたが還るなら
そのとき この歌がしるべと なりますように
(……こんな声を持つ「魔王」がいるものか)
ロイクは、腹立たし気に拳を壁に打ち付けた。
何に苛立てばいいのだろう。
何に憤ればいいのだろう。
その
(いっそ笑うか)
無理矢理浮かべた笑みは、酷く歪んでいた。
静かに夜は明けていく。
空全体が静かに色付き、深い藍色から淡い群青、そして薄紫へと移ろっていく。
星はゆっくりと姿を消していく。
「……行こう」
ロイクは顔を上げた。
胸の奥で何かが決壊した気がした。
雲が朝の光を受けて金色に染まり、桃色に溶ける。
滲んだ模様が目に優しく、静まり返っていた空気が、少しずつ動き出す。
ロイクは聖都の通りを走り出した。
街に、人の気配が戻る。鳥たちが
太陽が昇り、空は一面の淡い青に塗り替えられる。
夜が完全に姿を消していく。
一日の始まりの光が、世界を優しく照らし出していた。
もう、見て見ぬふりはできない。
耳を塞いでも、あの歌は消えない。
世界がどれだけ彼女を「魔王」と呼ぼうとも。
あの歌は、誰かを想い、誰かを待つ、祈りの声だった。
聖剣が導いてくれる。
何の根拠もないけれど、ロイクはそう信じて走った。
その先を右。
まっすぐ。
次の路地を左。
何故か頭に浮かぶ指示は聖剣によるものだと決めつけた。
そういうことにした。
(出逢いたいわけじゃない)
(……確かめたいだけだ)
あの声の主を。
そして、自分の気持ちを。
辿り着いたのは、小さな礼拝堂だった。
子供たちが、ぽつりぽつりと座っていた。
「ほんとうに来た」
子供が驚いたようにロイクを見、そう言った。
来ることがわかっていたのだと、思った。
けれど、遅かった。
「誰か、居たんだね?」
「おねえさん。歌ってたの」
「白い服着てた。でも、行っちゃった」
ロイクは膝に手を付き、
息が切れていた。
無我夢中で走って来た。
けれど、間に合わなかった。
子供たちは歌う。
「くりかえし くりかえし
ことばは おどる はるのうた
いたいきもちを だきしめて
わたしは いまを いきている」
「せかいはふしぎで まぶしくて
いろんなひとが ないてわらう
そのなみだにも いみがある
いたみのあとに はながさく」
それは祈り。
それは希望。
魔王の歌であるはずが無い。
(おまえは、魔王か? それとも、聖女か?)
どちらでも無いのかもしれない。
応えの無い問い掛けに、それは自然と浮かんだ。
どちらでもあり、どちらでもない。
アムル・オリオール。
もう間もなく。
ロイクが「勇者」として対峙すべき相手だ。
行こう、と思った。
聖都アルセリアの大聖堂。
その
死守すべしと厳命が下った、あの場所のはずだ。