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第8話 世界が問い掛けるなら

(しかし、何から始めればいい……?)


 ロイクは思い悩んでいた。

 このまま何もせずに居れば、いずれ。

 パンドラは選ばれし献身者セリアンに選定されるだろう。

 そうなれば、アムルはまた、魔王としての道を選ぶだろう。


(どう回避すればいい? 何をすれば、選定から外れる?)


 ロイクはぐしゃぐしゃと髪を掻きむしる。


(そもそもの選定基準がわからないんだよ)

 ――選ばれし献身者セリアンの選定は生命の大樹ヴィヴァルボルの意思によって行われます。


(いや、だからその意志は、どうやって決めてるんだよ?)

 ――人間の言葉にするのは難しいのですが、

 敢えて表現するならば「世界の問いに最も深く応じうる魂」です。


(問い……?)

 ――はい。世界は常に、痛みを抱えています。

 歪み、軋み、崩れかけたことわりの隙間から、静かに問い掛けてくるのです。

「わたしは、これでよいのか」と。

 その問いに、真正面から、逃げずに向き合い、共鳴する魂。

 それが、選ばれるのです。


 ロイクは睫毛を伏せ、苦く吐息を零した。


(じゃあ、んじゃなくて、自分からってことか……?)

 ――その通りです。魂が世界に何を投げかけたか。

 その祈り、その問い、その強い想いに、

 生命の大樹ヴィヴァルボルは応じるのです。


(……パンドラも、アムルも)

 ――彼女たちは、世界に問い掛けたのです。

 その痛みと願いが、世界の震えと


 ロイクは沈黙し、しばらく空を見上げていた。

 風の音が遠い。


(世界のを取り除けば、選ばれし献身者セリアンは必要なくなる?)

 ――理論上はそうなります。


(理論上、ね……)

 ――生きとし生けるものが存在する以上、痛みは必ず発生します。

 欲望、喪失、恐怖、愛、喜悦、憤怒、悲哀、快楽。

 すべてが、世界にをもたらし、世界の根源を脆くする。


(つまり、世界に痛みがある限り、応える魂が必要になる)

 ――はい。選ばれし献身者セリアンは、その痛みにとして、現れます。

 それが、今の制度では生贄と見なされているに過ぎません。


(……なら、痛みを受け止めて、応えられる奴が他に居れば)

 ――はい。その瞬間、世界に「新しい問い掛け」が生まれます。

 それこそが問い掛ける人デマンダーであり、

 生命の大樹ヴィヴァルボルはその問い掛けに「応じる」でしょう。


 ロイクは、襟元のブローチに手を当てた。

 そこにある微かな温もりと、重みを感じながら、静かに思った。


(だったら……俺が応えてみせる)

 ――魂が

 それこそが問い掛ける人デマンダーの本質です。

 選ばれるべくして選ばれた者など、いないのです。

 誰もが、そう在ることを、自ら選び続けたのです。


(選ばれるのではなく、選び取る……)

(アムルが、魔王とされたのは、呪われし力マレフォルティアが発現したからだろ?)

 ――はい。教団にとって、それは排除すべきもの。

 ですが、それはプレケリアの純粋な発露でもありました。

 マレフォルティアとプレケリアはどちらも魂の力。

 プレケリアは愛、痛み、祈り、願い、赦しであり、

 マレフォルティアは怒り、喪失、抗い、叫び、絶望です。

 いずれも、魂が世界に託す「対話の力」なのです。


(だからこそ、パンドラとアムルの「交換」が「成り立った」)

 ――はい。祈りが表ならば、呪いは裏。誤解された祈りとも言えるでしょう。


(つまり、アムルより、パンドラより、強いプレケリアを俺が持てば)

 ――貴方が問い掛ける人デマンダーとなるでしょう。


 ロイクはゆっくりと息を吸い込んで、深く深く吐き出した。


(魔獣倒して回る方が、よっぽど楽だな)

 ――そうですか。


「ソウデスヨ。……それよりなにより、まずは今夜の宿を決めないとな」


 ロイクは立ち上がり、伸びをする。

 身体が固まっていた。

 首を回し、肩を回すと、ゆっくり歩き出す。


 とっぷりと日は暮れていた。

 空には一番星が瞬き、辺りは柔らかな闇に包まれ始めている。

 夜の気配が満ちて来る。


「この季節に野宿は御免だ」



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