ロイクは許可を得て、
世界について、生命の大樹について、もっと深く知りたいと思ったのだ。
今の自分に足りないものが、知識なのか想いなのか――それすら曖昧なまま。
彼を知り己を知れば百戦
東方のことわざだそうだ。祖父がよく口にしていた言葉だ。
「いいか、ロイク。戦う場合には、敵と味方の両方をよく知った上で戦えば、何度戦っても、敗れることはない」
「えーと、敵だけじゃなく、自分のことも?」
「そうだ。自分と相手の両方だ」
幼き日の記憶がふと蘇り、ロイクは少し目を細めた。
王都で別れて以来、祖父には会っていない。
(
――会いに行きますか?
(色々片付いたらな)
ロイクは
初等教育用のものだ。
聖剣が少し不満気に問い掛ける。
――私の説明では理解できませんでしたか?
(ちょっと難しかったんでな。復習だ、復習)
大きな図が見開きいっぱいに載っている。
三界――上から順に、
そして、三界を貫いて立つ
枝葉は天界に、幹は現界に、根は冥界に伸びている。
「この辺はわかってんだよ」
人間は現界に存在し、
そして、冥界で
何度か輪廻転生を繰り返し、魂が高次霊魂に至ると、天界に昇ることができる。
(教義上は、な)
だがそれが真実なのか、そうではないのか。
あるいはすべてが描かれているのか、部分的なのか。
ロイクにはまだ、わからない。
(結局
――善行と呼ばれます。よい行いや道徳的な行動のことです。
(人助けとか?)
――はい。周囲に親切にする、奉仕をする、例えばゴミ拾いなどの小さなことからコツコツとですね。
(ほぉん)
――大事なことですよ。
(はいはい)
――報酬や見返りを求めての行動は、必ずしも善行とは呼べません。
(あー、はい。気を付けます)
――ですが行った時点で、その行動は善となります。
(……よくわかんなくなってきたから、次行くわ)
――そうですか。ロイクは少し頭が弱いのですね。
ロイクは押し黙った。
失礼な奴だなと思ったが、口には出さない。
思った時点で伝わっているのは理解しているが、敢えて聖剣に語り掛けたのではないので、聖剣も黙っていた。
次は
大樹は三界を維持するために、周期的な「魂の収束」を必要としている。
(その魂がセリアンってことか。俺の居た時空だと、パンドラ)
――その通りです。
(この「高純度の魂」が、セリアンであり、
――その通りです。
(そしてこっからがややこしいが、高純度の魂だと、プレケリア――「祈り」を持つ?)
――
(で、
――その通りです。
世界が完全でない限り、祈りは生まれます。
その祈りが深くなったとき、力となり、形を持ちます。
それがプレケリアであり、マレフォルティアでもあるのです。
(俺がこの世界で一番強い祈り、純度の高いプレケリアを持てば、セリアンにもデマンダーにも――魔王にも、なれるってことだな?)
――概ね、その通りです。よく理解しましたね。
ロイクは少し得意げに、口の端を引き上げた。
だが、まだ足りないということもわかっていた。
(結局、俺が大樹と対等に応答できないと、消費されて終わるってことだろ?)
――はい。その通りです。
貴方は
尚且つ、大樹への問いを、用意しなくてはなりません。
不意に、聖剣が共鳴した。
ロイクは思わず本棚の影に隠れる。
亜麻色の髪が揺れた。
(――アムル)
すぐ傍を、アムルが通り過ぎた。
一旦立ち止まり、不審そうに周りを見回して。
けれどロイクには気付かずに、立ち去った。
アムルの気配が遠ざかり、ロイクはほっと息を吐いた。
(まだだ。まだ、俺は準備ができてない。プレケリアを
――ですが、いずれ会う必要はあります。
この時空のアムルも、いずれプレケリアに辿り着くでしょう。
この時空では何が引き金となるか、わかりません。
(……そうだな。うかうかしてられない)
アムルを魔王にしないために、ロイクは時空を跳躍したのだ。
アムルが消えない世界を、この手に掴む、そのために。