中庭を渡る風が、どこか
春の陽に包まれた石造りの回廊を、アムルとパンドラが並んで歩いていた。
「……風、強いね」
アムルが呟いた。
パンドラは歩みを止め、目を細める。
「違う。これは
それは朝方、二人が同時に見た夢の続きだった。
――風は語る。
忘れられた祠が、再び扉を開く。
問いを運ぶ者よ、応えを探す道へ。
いまこそ歩み出せ。
目覚めたとき、胸の内に刻まれていた名はただ一つ――
ゼフェリオス。
「ねぇ、パンドラ。わたし……あの祠に行きたい。あの風に、ちゃんと応えたいの」
「……うん。わたしも、同じことを思ってた。だから行こう。ちゃんと、許可を取って」
「――祠に? それも、風の?」
導師ブノワは、
対面に立つアムルとパンドラは、緊張を隠さず、まっすぐに見つめ返す。
「妄想や思い込みではありません。確かに風の神ゼフェリオスから、啓示を受けました」
パンドラの声には、迷いがなかった。
アムルが言葉を継ぐ。
「わたしたちは、ゼフェリオスさまの問いに応えるために、祠に向かいたいと思っています」
ブノワは二人を
「アムル、パンドラ……貴方たちはこの学び舎で、誰よりも真摯に学び、誰よりも祈りの意味を問い続けてきました。ならば、これは学びの一環と認めましょう」
アムルが思わず顔を上げた。
「ただし一つ、覚えておきなさい」
ブノワの声が少しだけ硬くなる。
「啓示に従うことと、運命に流されることは違います。ゼフェリオスの風が導きであるならば、貴方たちが選ぶのは足の向く先です。他の誰のものでもない、貴方たち自身の」
「……はい。自分の足で、選びます」
パンドラは深く頷いた。
ブノワは引き出しから許可書を二枚取り出し、署名する。
「これは公式な旅ではありません。けれど、もしその風が本物ならば……きっと、貴方たちの《問い》が、新しい祈りを連れて帰ってくるでしょう」
二人は深く礼をして、その場を後にした。
風が、ふたりの背をそっと押したように、そよいだ。
外に出ると、春風が柔らかく頬を撫でた。
枝の間からこぼれる陽光が三人の肩に降り注ぎ、ロイクの襟元に留められた銀色のブローチが、風に揺れて一瞬、淡い光を帯びたように見えた。
アムルが小さく息を吐き、隣に立つパンドラの手を軽く握る。
そのまま一歩、前に出て、ロイクと視線を合わせた。
「……ロイクも?」
明確ではない問い掛け。
ロイクは何も言わず、自らの胸にそっと手を当てる。
その感触に確かめるように目を閉じ、低く静かに応える。
「……風が、呼んだ。三人を、今日この場所に──ゼフェリオスが」
パンドラが微笑み、顔を上げる。
「待っていたのよ。そう感じる。……わたしたち、三人が揃うのを」
ロイクは遠くを見据えるように顔を上げる。
ラヴァリス平原の向こう――風の祠があると記された古地図の記憶が、脳裏に浮かぶ。
「俺は、答えを持っているわけじゃない。でも、問いを投げる資格は……あると思いたい」
アムルがそっと眉間に手を当てた。
その仕草に、ロイクの視線が自然と集まる。
「根拠があるわけじゃないけど、思うの。導かれてる。わたしたち、三人でなら、きっと大丈夫って」
三人は、静かに歩き出す。
学び舎の門を越え、石畳の道を抜け、並木の
銀のブローチが再び、微かに揺れた。
それは言葉にならない記憶――時空を超えた誰かの願いを、静かに繋いでいる。
やがて見えてくるのは、遠く霞むラヴァリス平原の先、風の祠。
その在り処を告げるように、風が一筋、三人の背を押した。
――風が動き出すとき、それは問いの始まりである。
ゼフェリオスが告げた旅の第一歩が、いま確かに踏み出された。