ゼフェリオスに導かれるままに、一路。
風の祠を目指して。
ロイク、アムル、パンドラの三人は旅を続けていた。
ラヴァリス平原を越えた先、低い丘に沿って、小さな断崖が広がっていた。
岩の間に挟まれた古い小道は、かつて何者かが整備したような痕跡を残している。
一陣の風が吹いた。
まるで霧が晴れるように、目の前の景色が鮮やかに色付いた。
「えっ」
アムルが驚いて目を
塗り潰されていたわけでもないのに、今まで全く見えなかった祠が、視線の先に在った。
聖剣が小さく震えた。
「幻惑の術が解けました。ゼフェリオスが貴方たちを、祠を訪れるに
アムルとパンドラは思わず顔を見合わせた。
二人の間に、一瞬沈黙が流れる。
「……今、誰か……話した?」
「……剣、よね? 今の」
「勇者、さん……今の、声、誰……?」
「剣? もしかして、今喋ったの、剣?」
「あれ? 話したこと無かった……かな。悪い。忘れてた。こいつ喋るんだよ」
ロイクは聖剣を鞘ごと腰から外し、二人に差し出した。
「こうしてお話するのは初めてですね。アムル、パンドラ」
硬直する二人に、ロイクは苦笑する。
「まあ、そのうち慣れるさ」
「私は、
「こ、怖くなんて……ちょっと、びっくりしただけ、です……!」
「でも、本当に話すんですね。剣なのに……不思議……」
アムルは、剣が喋るという非現実を受け入れがたいと思ったが、よく考えれば書物が語り掛けてきたりすることがあるのだから、今更剣が喋ったところで、驚くことも無い。
などと、無理矢理に自分を納得させようとしていた。
ちなみに今生、というかこの時空で、アムルが書物に語り掛けられたことは無い。
あまりの混乱に、別の時空の記憶が混在したようだ。
パンドラは頬をつねった。普通に痛かった。
どうやら夢では無いようだ。
勇者の持つ聖剣なのだから、喋ったところで不思議でもない、のかもしれない。
世の中に不思議はいっぱいである。
さて。
三人が祠の入口へと足を向けたときだった。
乾いた風が一陣、足元を撫でて吹き抜ける。
その瞬間、地に風紋が浮かび上がった。
まるで「この先へ進む意思」を、もう一度問い直すように。
「……風、強くなってきた」
アムルが小さく呟く。
聖剣が応えるように低く震えた。
「これは“試練”ではなく、“確認”です。貴方がたの祈りに、
「……じゃあ、試されてるんじゃないの……?」
パンドラの言葉に、ロイクが静かに首を振った。
「違う。試されてるんじゃなくて……応えてるんだ。俺たちが」
祠の前に立った三人は、自然とそれぞれの心の奥に触れていった。
風が舞った。
それは視界を覆うでもなく、心を包み込むような、優しい気配だった。
ロイク胸に浮かびあがった強い想い。
かつて「勇者」と呼ばれ、誰かを救えるはずだった自分。
だが、守りきれなかった祈りの声。
本当に問い掛ける資格が、自分にあるのか? という、痛いほどの自問。
アムルの胸に降りたのは、知らないはずの記憶。
けれど胸を焦がす、別れと涙の感触。
誰かの願いが、自分の中でまだ燃えている――そんな予感。
パンドラはちくちくと刺すような痛みを感じていた。
赦したいのに、赦せない何か。
胸の奥に残る罪悪感の正体。
それでも誰かを抱き締めたときの、あの温かさ。
風が、静かに問いを残した。
三人が、それでも歩を進めると決めたとき――
祠の扉が、音もなく、開いた。
風が止む。
中に入ると、すぐに空気の密度が変わった。
明るくはない。けれど、真っ暗でもなかった。
銀色に輝くような風が、そこに在った。
圧倒的な存在感を放つ風の塊のような存在。
あらゆる方向から集まり、ゆるやかに渦を描いて、中央にひとつの光の核を結ぶ。
それは羽ばたく風紋、宙を舞う光の螺旋――
風の神ゼフェリオスの「神性」だった。