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第3話 風の断章

「問いをたずさえ、来し者たちよ」


声なき声が空間に満ちる。


「風は答えを持たぬ。風は問いを運ぶ。

だが、忘れられし祠を見つけ、

名を呼び、ここに至ったその意志。

それこそが、問いの核である」


ゼフェリオスは三人を包むように風を巡らせる。


「この地に残るは、忘れられし

応えを求めず、ただ問いとして、

風に託された祈りの残響――」


祠の床に、風の紋がゆっくりと浮かび上がった。



語られぬ声に 耳を澄ませよ

名もなき願いを 風に乗せよ

記すな 囚わるるな ただ 祈れ

風が届く そこに 問いは芽吹く



その瞬間、三人の身体に柔らかな風が触れ、紋章が浮かび上がった。

ロイクの右手に、旋風を象る三重の円環が。

アムルの額には流れるような螺旋の光紋が。

そして、パンドラの左手には蝶の羽のようにたなびく風紋が――。


ゼフェリオスの声が静かに告げた。


なんじらの祈りに、形は要らぬ。

ただ、声なき願いを問いとして託し、

風に乗せよ。風は答えを語らぬ。

ただ、問いを運ぶために在る」


紋章が淡く輝き、そして胸の奥に静かに刻まれた。




祠の外へと三人が歩み出ると、風が後ろからそっと背を押す。

ロイクの襟元の銀のブローチが、一瞬だけ風を映して揺れた。


「……問いは、ここから始まるんだね。ここに来れば、何かがわかる気がしてた。でも、違った。ここからが、始まりなんだ」


アムルが微笑む。ロイクは頷く。


「風は導いた。でも、答えるのは……俺たちだ」


パンドラが目を細める。


「風が言ってる。次に向かえって」


アムルは目を瞬くと、許可証を取り出した。

そして、少し困ったように眉を寄せる。


導師アルコンブノワに頂いた許可証、風の祠への巡礼ってだけなんだよね」

「一旦、許可証を貰いに学び舎ヴィラリアへ戻る?」


ロイクは肩を竦めた。


「真面目だね、あんたがたは。そんなもん、帰ってから伝えれば良いだろう。手間だぞ。学び舎に戻ってから、また旅立つのは」


聖剣が震える。


「私は次の目的地が示されている内に、このまま進むことを推奨します。ゼフェリオスの意思が後押しをしてくれるのは、これが最初で最後の、機会かもしれません」


アムルとパンドラは顔を見合わせ、頷き合う。


「啓示に従うことと、運命に流されることは違う」

「自分の足の向く方へ、進む」


二人は手を繋ぎ、ロイクを振り返った。


「行くわ」

「このまま、ゼフェリオスさまが導いてくれる先へ」


「よし。それなら出発だ」


ロイクは頷いて、二人に手を差し出す。

アムルとパンドラは頷いて、その手を取った。


三人が手を取り合った瞬間、風が最後の囁きを残すように周囲を吹き抜けた。

まるで「応援している」とでも言いたげな、やわらかく、あたたかな風。

その風の中に、かすかに言葉のような気配が混じっていた。


「……問いを、燃やせ……」


ロイクがふと空を見上げる。

空には雲が流れ、南の地平が霞んでいた。


「次は、火か……」


アムルが手のひらにそっと風紋を浮かべながら、囁くように言う。


「祈りは、声じゃないって……ゼフェリオスさま、そう言ってた。でも、わたし……今度は、自分の声で、伝えたいの。誰かのためじゃなく、ちゃんと、わたしの祈りとして」


パンドラがアムルの手を取る。ロイクも、静かにその輪に加わった。

三人で、輪になって。

見つめ合う。


「風が問いを届けたなら、次は……応える覚悟が要るな」


「うん。今度は、“祈り”の火に触れる旅。……自分の中にあるものを、もう隠さないために」


三人は静かに歩き出す。

その足音は、風の祠から離れ、ラヴァリス平原を越えて――

エラディア焦原しょうげんへと向かう、新たな旅の始まりを告げていた。


遠くで、草原を焦がすような陽光が、地平線に滲んでいた。

風が去り、熱が目覚める。


次なる「問い」は、炎の中に。

――火の神、カルメルザの眠る祠へ。


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