灼熱の陽光の下、白砂に足を取られながら、三人は歩を進めていた。
そこは、水神サリアニスの嘆きの地──シナヴェル砂漠。
アムルがふと足を止め、眉を
「……ここ、知ってる、気がするの。たぶん。夢の中か、どこかで……」
アムルは周囲をぐるりと見渡す。
目に映るのは、白く広がる砂地と、遠く霞む岩影だけだった。
「……でも、今は何もない」
その瞬間、アムルの視界にだけ、黒く焦げた台座が浮かび上がった。
熱に焼かれ、崩れ落ちた火の遺構。
その傍らに佇む「誰かの影」。
しかし瞬きの後、すべてが消え、砂だけが広がっていた。
「行こう。――今は、水の祠が、わたしたちを待ってる」
聖剣が微かに揺れた。
まるで、それが正しいと告げるかのように。
祠は、すぐそこだった。
そのとき、空から光が降りた。
「――帰還を要請します」
淡々とした「声」が告げた。
「監視範囲を逸脱。進行は教義違反と
ロイクが二人を庇うように、一歩前に出た。
「教団からの通告か?」
アムルが眉を寄せ、パンドラが目を細めた。
「……帰れってこと、なのかな?」
「……でも、戻れない。問いは、まだ途中なんだもの」
ロイクは、聖剣の柄に手を添えた。
「戻れば、もう次は無い。進むしかないんだよ、今は」
そして淡々と、告げる。
「返答を受理しました」
御使いは空高く舞い上がった。
返答を教団へと持ち帰ったのだろう。
「最終勧告だって、言ってたな」
「言ってたわね」
ロイクとパンドラが頷き合うのを見、アムルは額の紋章に触れた。
熱を帯びるような
「――きっと、このままじゃ終わらない。そんな気がする」
ロイクがアムルの肩を軽く叩き、微笑む。
「心配ばかりしても、良いことなんてそうそうないさ。今は、水の祠のことだけ考えようぜ」
その言葉に、アムルも、パンドラも、小さく頷いた。
そして砂漠の奥、白砂がうねるように重なり合う丘を越えた先に、それはあった。
風が弱まり、空気が重くなる。
乾いた砂の匂いの中に、微かな湿り気が混じる。
「……ここだ」
ロイクが呟いた。
砂に埋もれるようにして建つ、小さな祠。
そしてその前に立つのは空っぽの水盤。
だが、何かが湧き出るような気配があった。
「……水が、戻ってくるの?」
アムルの言葉に反応するように、水盤の表面が揺らめいた。
そして、うっすらと水が現れる。
その水面の奥に、もうひとつの「映像」が現れた。
誰もいない祭壇の傍で、白衣を纏った少女がひとり、祈りを捧げていた。
その唇は、音のない詩を紡いでいる。
周囲に誰もいないはずなのに、その祈りは水面に共鳴し、波紋となって広がっていた。
その光景に、アムルの胸が激しく鳴る。
(この子……わたし……?)
記憶ではない。
だが、否応なく「自分であった」と思わせる確信があった。
少女の髪が揺れる。
その姿はまるで、「祈りそのもの」の化身だった。
水に映る「かつての魂」が、静かにアムルへ語り掛ける。
――忘れていいものなんて、なかった。
でも、思い出すだけでは意味がない。
「思い出すだけでは……意味が、ない?」
(――そう。わたしは知ってる。行動しなければ、何も変わらない)
祈りは、ただの記憶ではない。
選び、進むための意思なのだ。
ロイクとパンドラが彼女に視線を向けた。
だがアムルの目は水盤の奥の光景に、釘付けだった。
――貴女はかつて、炎の台座に祈った。
世界に抗っても。世界を壊してでも。
わたしはパンドラを取り戻したい
貴方は、そう、強く想った。
それは祈り。魂を懸けた願い。
「パン、ドラ……を……?」
意味がわからなかった。
けれど、自分ならば確かにそうするだろうと、思う節もあった。
「……ねえ、ロイク。パンドラ」
声が震える。
けれどその声は確かに、前より強く、まっすぐだった。
「わたし、やっぱり、ここを
アムルがそう言った瞬間――
水の祠は、開かれた。