大聖堂地下、封印区画。
水の祠にて「水の神詩の断章」が顕現したという
女神サリアニスが、かつて人に裏切られた神であること。
その心の痛みを抱きながら、なお「祈り」に
そして、アムルという少女の言葉によって、
それらすべてが、教団の一部からは
「……愚かなる連鎖である」
「風と火に続き、水の神詩まで……」
彼は断章を、教義の制御外で独立して「動き始めた記録」であると捉えていた。
「かつて教団が封じた神性の記憶が、今、再び目覚めようとしている。教義は“今の祈り”を支えるための器だ。それが崩れれば、すべてが……」
イアサントは静かに立ち上がった。
「私が提案するのは以下の三つである。
ひとつ。水の祠以降の三人の行動に“即時制限”を掛けること。
ふたつ。黒き御使い《モルタエル》の出動準備を正式化すること。
みっつ。教義再定義のため、緊急審理会を開くこと。
以上三点を、速やかに行うべきであると主張する」
「待ってください、
「異端であるかどうかの判断を、結果の前に下すべきではありません。今はまだ、“記録”でしかない」
そして傍らにいたシプリアンも補足する。
「神詩の断章は、誰かの問いが応えた“記録”に過ぎません。異端ではなく“変化”と見るべきでは?」
議場は揺れた。
だがその揺れは、分裂の前兆でもあった。
議場が張り詰めた空気に包まれる中、唯一人、発言しなかった人物がいた。
教団の頂点に立つ
神と人との間に立ち、「祈りとは何か」を問い続ける者。
彼は、イアサントとブノワの応酬を沈黙の中で見つめていた。
「……断章の出現が、三度目となりました」
ピエリックが口を開く。
その声は低く穏やかで、しかし強く響いた。
「火、水、そして風……。どの祠も、我らの“教義”に沿って動いたのではありません。問われたのは、祈りそのものでした」
イアサントが口を開きかけたが、ピエリックは手を上げて制した。
「導師イアサント、導師ブノワ……。今ここで断ずるのは早計です。我らが裁こうとする“祈り”の形が、すでに変質しているかもしれぬ以上……それを“見届ける”こともまた、教団の務めでありましょう」
彼の言葉には、命令の力ではなく、洞察の重みがあった。
「私は、中立を保ちます。この祈りが、やがて教団を支える柱となるのか、あるいは崩す
そして、静かに付け加えた。
「ですが、私は、断章を恐れはしません。むしろそれは、神が人の声を今もなお
議場が静まった。
「……それは、教義の再定義を意味しますか」
イアサントの声には棘があった。
だがピエリックは首を横に振った。
「意味するかどうかは、祠が決めることです」
「……水の神が応じた、か。……祈りの意味が変わるなら、光の姿もまた、誰かの知るそれとは異なるのかもしれん」
誰にも聞かれぬ声で、彼はそう呟く。
だが、黒き御使いの起動は、まだ保留されている。