(新星歴4816年7月28日)
堪らず転移してしまったモンスレアナは、特大のため息をついて思わず頬杖をついていた。
せっかく思いを寄せていたノアーナと『儀式』という事情があるとはいえ結ばれた。
天にも昇る幸せをかみしめたばかりだというのに…
醜い嫉妬が自分の中で、ものすごい速さで成長していく事を実感していた。
「はああああああああああああ………」
そんな様子に、くすくす笑いながらアルテミリスが近づいてきた。
「まあ、珍しいですね。あなたがそんなにあからさまにため息をつくなんて。ネリファルースさんの事ですか?」
コイツも同じ気持ちだろうに!!と、ジト目でアルテミリスを睨む。
「あら、怖いですね…ふふっ、でもとても可愛らしいですよ?」
「っ!……むう」
思わぬカウンターに思わず頬を染めてしまう。
「…ノアーナ様は…今、自分の気持ちが分からなくなっているのでしょう。儀式とはいえ私たちはあのお方と体を重ねました。優しいノアーナ様はすべて受け入れる覚悟で臨んだのでしょうね。まあ殿方ですから、それに経験も浅いので私たちの決意は伝わっていないんでしょうけど」
「………」
「そして救った女性。直感で分かっているのでしょうね。運命の方だと」
「っ!?…」
思わず立ち上がるモンスレアナ。
そしてアルテミリスを見てぎょっとした。
彼女が涙を流しているからだ。
「えっ?…アルテミリス?…」
アルテミリスは涙を流しながらも無理やり笑顔を作りモンスレアナを見つめる。
「私だって女ですから…悔しいし怖いのです。あの方がいなくなるのではないかと。でも茜の前ではこんな顔見せられませんし。わたしはあの子のお母さんです。そして皆のおかんですよ」
「アルテミリス…」
「でも…今だけは…姉のような貴方に…甘えても…ぐすっ…ひっ…うああ……うあああああああああ…」
突如決壊するアルテミリスの心。
モンスレアナは優しく抱きしめた。
幼子のように泣きじゃくるアルテミリスの輝く銀髪をなでながら。
そして。
…心底恐ろしいと思った。
『想い』の力。
ノアーナがいつも言っている。
『強い想いはすべてを覆す力だ、だから俺は俺の悪意が恐ろしくてたまらないんだ』
そして決意する。
もっと強くなろうと。
力を封印したままではきっと太刀打ちできないのだと。
腕の中で震えて泣いているアルテミリスが泣きつくすまで…
※※※※※
「久しいの風神よ。いまは風の神か…存在値がエラく低いが…なんじゃ我を舐めておるのか?」
モンスレアナは大昔の喧嘩友達を訪れていた。
ノアーナに神へと創造される前。
やることがなく不貞腐れていた時にちょっかいをかけていて、いつも返り討ちにされていた風の大精霊龍セリレ・リレリアルノに会いに。
風の大精霊龍セリレ・リレリアルノはかつての世界での最強の一角だ。
存在値は40000を超え、今のノアーナよりも強い。
まあ、ノアーナは様々な奥の手もあるし恐ろしいほどの経験できっと全然問題なく勝てるのだろうけど。
今の存在値9000前後のモンスレアナでは全く太刀打ちできない実力者だ。
むしろなぜ彼女を神にしなかったか、以前ノアーナに聞いてみたことがあった。
『ノアーナ様?なぜセリレを神に召さなかったのですか?悔しいですけど、彼女の方がわたくしよりも数倍は強いのですが』
『そんなこと決まっている』
『そうなのですか?』
『レアナを気に入ったからに決まっているだろ?恥ずかしいんだから言わせんな』
懐かしい一幕に思わず笑みがこぼれる。
「なんじゃ?我を笑いに来たのか?忌々しい魔王に『暮らすならこの島から出るな』とちっぽけなガルンシア島に閉じ込められた我を笑いに?!」
大精霊龍セリレ・リレリアルノの魔力が噴き出す。
濃密な輝く藍色の魔力は触れただけで存在を消されそうだ。
漆黒の魔力を授かったことで開眼した神眼を発動させ、セリレを見つめる。
※※※※※
セリレ・リレリアルノ
【種族】大精霊
【性別】性別不明
【年齢】88037歳
【職業】精霊龍・大気を統べるもの
【保有色】(藍色・金)
【存在値】41886/80000
※※※※※
「…まったく。たいした強さですわね。敵う気がしませんもの」
「っ!…覗きおったな?」
大精霊龍セリレ・リレリアルノの目に殺気が宿る。
「問答は無用ですわ。お願いいたします。わたくしに稽古をつけてくださいません事?もちろん手加減はいりませんわ…覚醒!!」
モンスレアナの体に膨大な緑色と漆黒の魔力がまとわりつく。
すかさずセリレが全てを貫くような抜き手を、数十回連続で繰り出してきた。
一撃でも受けようものなら存在を消されるような攻撃を、組手の要領でさばいていくモンスレアナ。
「っ…しっ!…ふっ……くっ!?…」
一撃一撃に魔力を伴う暴風が巻き起こる。
すべてを切り裂く風の刃とともに。
モンスレアナの体のあちらこちらから血しぶきが舞う。
痛みに顔をしかめながらも捌き続け、呼吸の暇に見つけた一瞬のスキ。
セリレの体めがけ渾身の蹴りを放った。
ドゴッッ!!!
あっさりとガードされる。
しかし。
構わず魔力を乗せさらに押し切った。
「はあああああああああああーーーーー」
ガギイイーーンーーー!!
「っ!ぬっ…くああ?!…」
体ごと薙ぎ倒されたセリレ。
思わず距離をとった。
体を真っ赤に染めたモンスレアナがここぞとばかりに追撃する。
魔力を乗せた右手を水平に薙ぎ払い、左手の拳を握りしめ渾身のストレート。
「くぬっ!!」
大気が破裂する様な衝突音が響き渡る。
顔面をとらえるかに見えた拳…
流石格上。
腕をクロスにし、しっかりとガードされていた。
「はあああああああああっ!!」
「っ!!?」
モンスレアナはさらに拳に魔力を纏い構わず押し切っていく。
まるで何かが爆発するような音が響いた。
ズガ――――ン!!!!
振りぬいた拳。
土埃があたりを包み視界を遮る。
感知を最大に働かせ気を抜くことはない。
急激にセリレの魔力が遠ざかり、モンスレアナは術式を編む。
「崩陣の彼方・モラーライの鋭き礫・極光の矢じり・あまねく慈愛の衣・久遠より来る・声聞のいと深き白金の障壁…絶無封鎖!!!」
極光の迅雷に包まれるのと深い緑の結界に包まれるのはほぼ同時だった。
※※※※※
「ふん…なんじゃ、腑抜けておると思ったが…案外楽しめそうじゃな。良かろう。揉んでやるわ……覚悟するがよいぞ」
セリレが空からゆっくりと地上に降りてきて、にやりと顔を歪ませた。
吹き飛ばされた土砂や木の破片の落下とともに。
目の前には強い光を瞳にたたえた、ズタズタになったモンセレアナが血まみれで獣のようなぎらついた視線を真直ぐにセリレに向け、魔力を迸ばせながら立っていた。
そして修業は何日も続く。
モンスレアナが望む力を取り戻すまで。