会議室は妙な沈黙が流れていた。
茜乱入からの一部始終を、例のごとく皆で見ていたのだ。
茜は蹲って泣いていたが、一番初めに口を開き、その言葉に皆が驚いた。
「ぐすっ…ネルさん…かっこいい…ああ、今のままじゃ勝てないや」
「「「「っ!?」」」」
「わたしも、ひぐっ、同じこと…言いたかった…ぐすっ、のに…」
「悔しくて…情けなくて…光喜さんに、酷い事を…ヒック…」
アルテミリスが優しく茜を抱きしめる。
「わたしね…ヒック…子供で…グスッ…嫌われちゃったかなあ…」
「そんなことはありませんよ。あれはあなたにしか言えない事です。もしこれで改善できないのなら、ノアーナ様はその器がないという事です。悲しいですが」
黙っていたアグアニードは口を開いた。
「えーおいら全然わかんないんだけどー?みんなノアーナ様のこと好きなんでしょー?なんでみんな泣きそうなのー?」
「男は黙ってろ!ていうかあんたなんでいるのよ?出てけ!」
アースノートが素で怒った。
皆びっくりした。
「…ごめんアグ。でもこれは男の人にはわからないと思うけど、変わらないことだけど、あーしたちにとっては大事なことなんだ…席外してくださいます?」
「…わかったよ。おいら見回りに行ってくるー」
アグアニードは真剣なアースノートの物言いにおとなしく従って転移していった。
ここにいる皆は知らないが、実はアグアニードも説教済みなのだが。
アルテミリスが微笑みながら、ささやくように口にする。
「驚きました。アースノートがあんなこと言うなんて。ふふっ、成長したのはきっと全員なのでしょうね。でも確かに殿方には理解できない事なのでしょう。特に優しければ優しいほどに」
「…ノアーナ様は、良い男過ぎるのですわ…あーあ、ダメ男ならすぐに捨てて差しあげますのに」
アースノートは椅子の背もたれに体を投げ出して手を頭の後ろで組んだ。
「はあ、しょうがないですわね。ここはわたくしが、長い付き合いのよしみでご享受してまいりますわ。茜、心配しなくてもよろしいですわよ。ノアーナ様は優しいお方です。わたくしたちが信愛を捧げるただお一人の方です」
「………うん…ありがとうモンスレアナさん」
「勘違いを訂正させてあげますわ。あなたの想いはエゴであるということを」
モンスレアナの目が怪しく光る。
全員が鳥肌を立てたのは言うまでもない。
※※※※※
俺はグースワースの自室で一人ベッドに寝ころび、先ほどの事を考えていた。
皆の協力もあり、この世界は取り敢えず問題なく動いている。
俺も運命のネルを見つけることができた。
すべて順調なはずだ。
でも……
「きっと俺が茜の気持ちを考えずに酷い事を言ったから悪いのだろうな」
……本当にそうだろうか?
ネルは「舐めないでください。皆さんも同じです」って言っていた。
俺はできうる限り彼女たちを大切にしてきたつもりだ。
決して下に見たり、馬鹿になどはしていないはずだ。
「わからない」
俺は視線をさまよわせる。
「でもなんか今の感じは嫌だ…どうすれば……」
突然空間がきしみ魔力が溢れてきた。
誰かが転移してきたようだ。
「っ!…結界忘れてた…レアナ?」
そこにはモンスレアナが立っていた。
「ノアーナ様、突然お邪魔して申し訳ありません。お話ししてもよろしいでしょうか?」
「ああ、かまわない…俺も相談したかった」
俺は起き上がりベッドに腰かけた。
モンスレアナも横に座った。
芳香のような良い匂いがした。
「茜、泣いておりましたわよ」
「っ!…すまない。俺が酷い事を言った」
突然モンスレアナの雰囲気が変わった。
あれ?怒ってる?
「まったく殿方は。本当にどうしようもありませんわね。全くご理解されておりませんもの。茜はあなたに怒られたから泣いているのではないのです」
「あなたに酷い事を言って嫌われたのでは、と泣いているのですよ?」
「っ!???」
「ほら解っていない。よろしいですか?わたくしが大サービスでお教えして差し上げます。茜は不安なのです。もう対等に見てもらえないのではないのかと。彼女はあなたが保護する子供ではありません。自分で考えて行動する大人なのです」
「すまない、俺はダメだな」
俺は思わずため息を吐いてしまう。
「ネルにも同じようなことを言われた。だが理解できない」
モンスレアナは、はあーっとため息をついた。
そしていきなり俺を押し倒した。
「っ!???なっ、なにを?」
「解らないようですので実践で教えて差し上げます」
そして俺に抱き着いて来た。
俺の体を覆う、女性の匂いと感触にこんな時だというのに俺は顔に熱が集まる。
「レアナ、意味が分からない?…なにを…」
「今この横にネルさんが居たらどうします?」
「っ!」
「気まずい?怒られる?呆れられる?…それとも自分が情けない?」
「……」
「ソレはあなた様の勝手な思い込み、つまりエゴですわ」
「っ!」
「貴方は私たちも含め全員愛するとおっしゃいました。ならば受け入れなくてはなりません。わたくしたちが思う嫉妬や妬みという想いを」
「貴方がわたくしたちを大切にしたいという想いと、全員を愛するということは奇麗事だけではないのです。わたくしたちは女です。殿方とは考え方が違います」
「本来一人を愛するだけで人々は思い悩むのです。それを複数同時にこなすのですよ?無理に決まっているではありませんか」
「でも、わたくしたちはそんな無理をするあなた様を心からお慕い申し上げているのです。だったらあなた様も受け入れるべきです。わたくしたちが持つ暗い想いを」
「俺は皆を傷つけたくない…」
「貴方様は何もわかっていない。それを判断するのはあなたではありません。わたくし達がそれでも良いと、自ら決めたのです。信念をもって」
モンスレアナの瞳に力がこもる。
「あまりわたくしたちの想いを舐めないでいただきたいですわ」
「っ!!!!!!」
「そうか…覚悟が足りなかったのは…俺だったのか」
「根本を言いますね。あなた様は最初から酷い事をしているのですよ。そして私たちはそれを自分たちで決めて受け入れているのです」
「時が時なら、あなた様は寝首を掻かれても文句の言えない事をされておられるのです」
「だからすべてを受け入れてください。愛も憎しみも嫉妬も妬みも」
「わたくしたちは決めた時に受け入れておりますよ。まあそのたび機嫌が悪くなったり泣いたりはしますけど」
「だから、愛してくれる時には精一杯目の前の女性を愛してあげてください」
「貴方様がネルさんをお選びするとしても、わたくしたちはもうあなた様を愛しぬくと決めてしまったのですから」
「わたくし達が悲しむさまを見てご自分が悪いと思うことはわたくしたちに対する冒涜に他なりません」
「すまない。努力しよう。悪いことを自覚しながら同時に愛を捧げるか。難しいな」
モンスレアナは心底しょうがないといった顔をしてため息をついた。
「しょうがありませんわね。男性と女性では脳の作り自体違うそうですから」
「ははっ、レアナはいい女だな」
「あら、今頃気が付きまして?」
「…そうだな。俺は何を見ていたのだろうな…」
「ありがとう。もう一度悩んでみるさ…助かった…愛してる」
「ああ、伝言を頼む。アグにもありがとうと伝えてほしい」
「ええ、それではよい夢を。おやすみなさいませ」
モンスレアナは転移し帰っていった。