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第133話 心の回復する兆し

(新星歴4818年2月13日)


あの戦争からおよそ1か月が経過した。


ドルグ帝国は皇都を中心におよそ60万人が生活をしていたが、国を捨てたものも多く、現在は4万人程度までその人口を減らしてしまっていた。


そして被害状況だが、中央がほぼ全滅。

無事だったのは南のミユル、ガイワット、東のノーグルス、そして北方のいくつかの小さな集落だけだった。


実に町や村の80%以上が荒野となり、森へと生まれ変わっていた。


グースワースの住人たちは前を向き今日も生き残れた街や集落を回り、それぞれが力を尽くしていた。


開戦直前にガイワット港へ向かった3つの騎士団は、その大半がやはり汚染されていた。


だが幸いにも、亡き皇帝のディードライルが機転を利かせており、10個ほどの琥珀石を持たせていた。

おそらくすでに覚悟していたのだろう。

ルルネイアを逃がしていたのがその証拠だ。


そして多くの騎士がその命をつないだのだった。


残された騎士たちは今、カイトの指示のもとガイワット北部に居住区を作ることに従事していた。

ルルネイアが暫定的に皇帝代理として振舞ってくれたことも混乱を起こさずに済んだ大きな要因になっていた。


「もう国は再建しない」


そう言った俺は彼らの今後に責任を持った。

ディードライルとルルネイアの覚悟を俺は無下にはできない。


※※※※※


俺はあれからほとんどの時間をこの部屋で過ごしている。

被害にあった7人が共同で生活している部屋だ。


最初落ち着けるかと思い個室にしたが研究所の事が頭によぎったのだろう。

パニックになってしまった。


七人はそれぞれ幾つもの問題を抱えていた。


サキュバス族の子は、あり得ない催淫を暴走させられ凌辱されつくされていた。

鼠獣人の子は体中に寄生魔法生物を植え付けられ、体がほぼ壊死していた。

エルフ族の子は凌辱された挙句、殆どの臓器を抜きとられていた。

魔族の子は下半身がアンデッド化しており、体には乱暴の後があった。

ヒューマンとエルフのハーフの子は、体中を切り刻まれ凌辱されていた。

天使族の子は激しく乱暴され、同胞の肉を食わされていた。

そしてカンジーロウは、両腕を奪われ、眼をえぐられ、実験体の相手をさせられていたのだ。


そんな事情の彼らは常に暗い部屋で一人、閉じ込められていたそうだ。


だから今は明るい清潔な部屋で、一緒に過ごしている。

プライバシーが保てるよう、それぞれ結界で遮ることができるようにしておいた。

今はその結界は寝るときくらいしか使わなくていいようにはなってきた。


最近やっと食事がとれるようにはなってきていた。


まあ俺は同じ部屋の遠くから見守る感じだ。

頭では理解するのだろうが、やはりまだ他の存在は怖いのだろう。

俺は男だ。

仕方がない事だろう。


何とか自分の名前を覚えていたカンジーロウは、いち早く回復を見せた。

今では通常の会話はほぼ問題ないようで、今日個室へ移すかどうかの判断を下すところだった。


俺がそんな思考に囚われ、少し呆けていたらそのカンジーロウが俺に近づき話しかけてきた。


「ノアーナ様。少しいいでしょうか」


俺はカンジーロウを見る。

真核にひどい損傷があるが通常の生活には問題がない。

隠された真の力は使えなくなっている。


実際彼らの真核は、当然のように汚染されていた。

だが、尊敬するほど最後のギリギリまで。

飲まれまいと心を壊しながら抵抗していた。


俺はひとりずつ、手を握り、信愛の心で浄化した。

ネルと一緒に。


そして七人の内面を確認した。

ネルの紡ぎだした『聖言』で。

ルルネイアのスキルの力を聞き、俺の浄化を近くで感じていたネルが模倣し紡いだ。


「どうした?俺に相談か?」


カンジーロウは今だ蹲っている六人をちらりと見て口を開いた。


「もし許されるのなら、俺はまだこの六人といたいです」


個室へという話は前にしていた。


「あの地獄を知っている……兄弟として」


そして一筋涙を流した。

俺はカンジーロウを抱きしめた。

そして優しく背中を叩く。


「ああ、そうしてやってくれ。……お前は強いな。尊敬するよ」

「っ!?……そんなことないです。おれもまだ……やっぱり怖いです」


そしてまた涙を流した。


当たり前だ。

たった1か月で回復するような簡単なことではない。

俺はどこか甘かったのだろう。


「カンジーロウ、何でもいい。言いたいことがあったら言ってくれ。力になりたい」

「……はい。……きっと」


そして振り向く。

七つ並べてあるベッドで寝ている六人の近くに行き、自分のベッドへ腰を掛けた。


俺は遠くからその様子を見ていたんだ。


※※※※※


(新星歴4818年3月26日)


やっとグースワースの拠点の修復が終わった。

俺がこだわって創造したグースワースはかなり特殊な構造をしていたため再建に時間がかかった。


俺の創造はどうしても100-0だ。

部分修復には向いていない。


元帝国の騎士たちが手伝ってくれたことが大きな力になっていた。

今彼らはルルネイアを王として、新たな小国を起こしていた。


名を「クリートホープ」


『創造・希望』からその名にした。


人口は約3万人の小国だ。

だが多くの悲劇を乗り越えた人民の目には確かに希望の光がともっていた。


そして俺はこの国を二度と壊されることがないよう心に誓った。


※※※※※


カンジーロウの他の六人は、少しずつではあるが話が出来る様にはなっていた。


時間が経過してもやはり名前は思い出せず、色々不便なため仮の名前を付けることを本人に承知してもらい、今はその名で呼び合っている。


いつものように俺が七人の部屋へと行くと、カリンと名付けた子が俺に恐る恐る近づいて来た。


「おはようカリン。どうだ?調子は」


俺は怖がらせないように優しく口を開く。

一瞬やはりビクッと肩がはねたが、カリンは深呼吸して可愛らしい声を出す。


「……おはよう……ございます……ノアーナ…さま……」

「あの………ありがとう……」


それだけ言うと踵を返し慌てて自分のベッドへと戻っていき布団をかぶった。

そして顔を出し、こちらを覗う。


俺はその行動に感動して思わず涙が出てきた。

怖いのに頑張る姿が、きっと必ずこの子たちは回復すると。


俺は確信したのだった。


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