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第149話 英雄にあこがれて

(新星歴4818年7月25日)


アルカーハイン大陸には多くの魔族が住んでおり、水の都ヲールニアミード以北が一応『魔国』という位置づけとなっている。


だが他の人族の国と違い明確に国境などは選定していない。


現存の魔国王が闇の神ダラスリニアを信望しており、当然のことながらノアーナにも敬意を表しているため、戒律を順守して諍いを起こすことを厳しく禁じているからだ。


「国境などいらん。揉めるに決まっているからな。我らは他種族ともうまくやっている」


そう宣言してからすでに5000年近く経過していた。


魔国王のダラスリニアへの感情は、信望というよりは溺愛に近い。

可愛い姪を一度政治的に駒にしようとしたセランドル大公爵を半殺しにしたほどだ。


魔国王バルザード・ゾル・セランドルとダラスリニアの父である大公爵ルドルク・セランドル、そして大公爵家とバランディアの家名を、ともに魔国王より与えられた現当主であるギルアデスは兄弟だ。


この三兄弟はかつて魔国の三英雄として崇められていた。


ダラスリニアの政略結婚事件には裏があったのだが、すでに昔の話だ。

しかしいまだに魔国王は弟へのあたりが強い。


実はルドルクなりにダラスリニアを想っての事だったが、残念ながら謀略に疎いルドルクは騙されていたことを知るのに数年を要していた。

馬鹿ではないがあまりにも真直ぐ過ぎた。


まあ今ではあの時に魔国王の簒奪を謀っていた多くの貴族はその権威を失っている。

ギルアデスが本気で怒った結果だった。


そして今、ヲールニアミードの近くでかつての伝承を聞きかじったドラゴニュートの若者二人が英雄になるべく、魔都を目指し森の中を突き進んでいた。


「おい、ルーよ。ここさっきも通らなかったか?」


がっしりした体型で、金属の鎧とでかい戦斧を装備しているガルナローが、先ほど倒した大豚の死体を見ながら弟のガルナルーに問いかけた。


「兄者、だから違うといっただろ?まったくたまには人の話も聞けってんだ」


一方ルーと呼ばれたガルナルーはドラゴニュートには珍しいすっきりとした体型で、司祭が好むような法衣と長めのフレイルを装備している。


ガルナローは進む足を止め弟の方を向き吐き捨てる。


「おまえだって昨日間違えただろうが。なにが『後数刻で泉に出る』だ。着いたのは夜じゃねえか。しかも方向逆だったぞ。この方向音痴め」


「兄者、誰だって間違いはある。それよりも少し休まないか?一度落ち着いた方が良い」


そう言って大豚の死体をあさり始める。


「なんだあ?おい。まさか食うんじゃねえだろうな?……腹壊さねえか?」


さっきとは言えもう半日は過ぎている。

小さい虫が飛んでいるのが目に入った。


ガルナローは浄化の魔法を唱えた。


「誰かさんが『糧食?そんなもん現地調達だ』とか言ったせいで俺たちはロクな食糧持ってないんだ。さっきだって待てというのに突っ込んでいきやがって」


腰の大き目なナイフを引き抜き、肉を削ぎ落す。

そして火の魔術を紡いで焼き始めた。

肉の焼ける匂いがあたりに漂う。


「よし……んぐっ……いけるな……」


食べ始めた弟を見て、慌ててガルナローが口にする。


「おい、俺の分は?」

「自分で何とかすればいいだろ?浄化はした。問題ないだろうが」

「いやでも、俺は魔法が……」

「ブレスでも吐けばよかろうに」


にやりといやらしい目をするガルナルー。

ガルナローは大きくため息をついておずおずと頭を下げる。


「分かったよ。俺が悪かった。だから頼むよルー」


ガルナルーはしょうがないとかぶりをふり、もう一度肉をそぎ落とし火魔法であぶってやった。


そしてククッと笑い言い放つ。


「兄者、貸(かし)ひとつだ」

「……わかったよ。ったく……」


結局仲良く二人、1日ぶりの食事にありついたのだった。

なんだかんだ仲の良い兄弟だ。


この二人は魔国の辺境出身だ。

そして子供の頃から三英雄の話が大好きだった。


勿論もういい大人だ。

おとぎ話だとはわかっているし、そんな話はもう遥か昔の話だ。


だが最近おかしな噂が彼らの里でささやかれ始めた。

ガルナローは町の自警団の団長を務めている。

存在値は530。

集落で一番強い。

まあ団員は三名しかいないが。


ガルナルーは種族的に珍しいが神聖魔法を使え、町の闇の神を奉る教会で司祭をしていた。

存在値は470。

以外にも魔力特化だ。

おそらく祖先に違う血が混ざっているのだろう。


まあ実際、噂話などどこにも転がっているし、のどかな田舎だ。

娯楽が少ないため大体の噂が色恋沙汰で占められていた。


しかし今回の噂は、放置するのは危険であると町長がガルナローへと伝えたのだ。


「変な魔物が暴れている」

「魔都へ行って情報をつないでほしい」


まあ自警団の案件ではある。


そして教会にもおかしな怪我人が増え始めた。

怪我自体は大したことがないが、回復魔法が効かない。

いや弾かれてしまう。


命に別状はないが、何しろ人の少ない集落だ。

動けない人が増えればその分他にしわ寄せがいく。


残念ながらこの集落に転移魔法を使えるものはいなかった。

そしてやれ英雄だの、救世主だのと唆され、この二人に白羽の矢が立った。


かつてのあこがれが再燃したのは仕方のない事だろう。

そしてしっかり準備しようとしたガルナルーをロクに準備もせずにガルナローが連れだした。


辺境から魔国王のいる魔都イルガルドまでは歩いて三日程度の距離だった。

ガルナルーがボヤくのも当然だろう。


※※※※※


何とか腹が膨れた二人は取り敢えずこれからの予定をすり合わせていた。

すでに里を出て三日が過ぎていた。

しかしどうやらあまり進めていないようだ。


方向音痴と先ほど罵っていたがどうやらそう言う事でもないらしい。

ガルナルーは目を瞑り自分の魔力を広げた。


「おかしい。どうしても先に進めない。兄者、引き返した方が良くないか?俺たちの手に余るぞ」


ガルナローは腕を組み考え込む。

遠くで魔獣の嘶きが聞こえる。


「くそっ、確かにおかしい。前の時は三日程度で着いたのに、多分まだ半分くらいだ。おいルーよ。魔法か?」


ガルナルーはかぶりをふる。


「少なくとも俺の知らない魔法か別の何かだ。っ!?兄者っ!!」


突然見たことのない魔物が襲い掛かってきた。

二人は飛びのき何とか体制を整えた。


「なんだ?コイツ……?オーガか?……だが…」

「くっ、ダメだ兄者。こいつかなり格上だぞ」


二人の鱗にピリピリと嫌な感覚が走る。


「ぐおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


いきなり叫び声をあげ襲い掛かってくるオーガらしき魔物。

在り得ない速さで懐に入られた。


「っ!?」


そしてただのパンチがガルナローの鎧を突き破り、腹に穴をあけた。


「ぐはあっ!!!」


吹き飛ばされ血を吐き倒れ伏すガルナロー。

慌てて回復魔法を紡ぐガルナルーに、いやな予感が走る。


「くそっ、回復が弾かれ……ぐああああああ!!!!」


続けざまに振るわれた、こん棒の様なものがガルナルーの横腹を薙ぎ払う。

骨の折れる嫌な音が響いた。


「ぐはっ!」


何とか致命傷は防げたが、状況は絶望的だ。


「兄者!!グッ……くそ、まずい」


ガルナローはぐったりとしている。

腹からの出血が止まらない。


オーガらしき魔物の目がガルナルーを捉えた。


「っ!?……くそがっ」


アバラが数本折れたようだ。

立ち上がるが激痛が体を走り抜ける。


思わず涙があふれ出す。

そしてスローモーションでオーガらしきものがこん棒を振り上げた。


死を覚悟した。


「はああああああああっ!!!!」


目の前のオーガが両断され、緑色の魔力に包まれた。

美しい女性が両断したようだ。


その光景を見てガルナルーは意識を失った。


※※※※※


「ふう、何とかなったね。エリスちゃん、この二人直せる?」

「ん。問題ない。……ちょっと時間かかる」


ここにたどり着く間に茜とエリスラーナはすでに50体以上の魔物を退治していた。


「おーい、茜!大丈夫か?」


後ろからナハムザートとガロドナがやってくる。

珍しい組み合わせだが実は魔国から依頼が来ていた。


「黒い魔力を纏う魔物が増えている」


その調査に来ていた。


はじめはドラゴニュート隊で対応していた。

琥珀石を使って対応していたが、魔物の数が多すぎてノアーナに相談していた。


そして茜と回復できるエリスラーナが派遣されていた。


「っ!?…ガルナルー?おいっ、大丈夫か!」


ガロドナが倒れているガルナルーを見て思わず近づく。

エリスラーナに睨まれた。


「っ!?……す、すみません」

「ちょっと待つ。不敬」


エリスラーナに怒られ、涙目になったガロドナ。

卒倒しないだけ、まあマシだろう。


そして思ったより回復に時間がかかる事が判り、全員でグースワースへ行く事にした。


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