(新星歴4822年9月14日)
怠惰な奴は一度だけアルカーハイン大陸に襲い掛かってきたが、対応に当たった俺に対し、吸収しながらメッセージを告げただけで姿を消していた。
奴の悍ましいメッセージ、それは。
「暇つぶしの遊戯」
それだけだった。
いつの間にかこの星にはびこる漆黒になってしまう病気のせいで、奴は食料の確保ができたのだろう。
怠惰ぶりを発揮し世界は奇妙なことだが平穏にその時を刻めていた。
だがあいつのさじ加減で世界は壊されてしまうことに変わりはなかった。
そしてついに俺の愛する女性に被害が出てしまう。
ミユルの町で感染した人々を救う活動中に、サイリスとマリンナが殺された。
俺は狂うのではないかというほどの悲しみに囚われてしまった。
愛するサイリス。
彼女の優しい声も、暖かな感触も、永遠に失われてしまった。
そしてさらに半年後……
ミユルの町と、俺たちグースワースは地獄に包まれる。
俺の決意を決めた日となる。
最後の賭けに出る。
もうそれしかなかったんだ。
(新星歴4823年3月17日)
「大将、ミユルの町に紋様のある魔物の群れと漆黒のゴーレムが近づいています。およそ20000」
その報告に俺はめまいを覚えた。
いよいよ奴の言う遊戯が始まってしまった。
「なあナハムザート。俺は恐ろしい。きっと魔物は俺たちの力で何とかなるだろう。だがもし奴が来たら、もう誰も勝てない。……ナハムザート、大切なものを連れて逃げる方が良くないか?」
どうやら俺は腑抜けてしまったようだ。
恐ろしくてたまらない。
「大将……」
ナハムザートが俺の前で大きく息を吸い込みそして大声で檄を飛ばした。
「しっかりしてください!!まだ、負けていない!!最後まで抗うっ!!そうでしょ!!!」
「……ナハムザート……」
「俺は逃げません。ミユルに行きます」
俺は自分が情けない。
たった一人愛する女が殺されただけで俺は立ち上がれなくなっていた。
「サリー……俺は……」
俯き微動だにしない俺の前にカナリアが現れた。
きっとノックもしたのだろう。
俺は気づかなかった。
いや、まったく覇気のない俺だ。
皆呆れたのだろう。
「ノアーナ様、失礼します」
パンッ
左の頬がジンジンする。
えっ?
叩かれた?
俺は思わず顔を上げた。
「ノアーナ様、お願いです。私たちを導いてください。お願いです。ノアーナ様……」
そして涙を流しながら懇願するカナリアの後ろには俺の愛する彼女たちが立ち尽くしていた。
ネル、レーラン、ロロン、コロン、リナーリア、サラナ、ミュールス、カリン、エルマ、ノニイ、ルイーナ……俺の大切な彼女たち。
涙があふれてきた。
気が付けば俺は立ち上がっていた。
「ノアーナ様、優しい貴方です。きっとサイリスのことで落ち込んでいるのでしょう。ですがここにはあなたを心から愛するこの子たちがいま不安に包まれているのです。どうか導いてあげてくれませんか」
「ノアーナ様……愛してます」
「ノアーナ様…」
「愛してるの、ノアーナ様」
こんなに腑抜けた俺なのに、この子たちはまだおれを愛してくれている。
俺は……
決めたはずだ。
この子たちを愛しぬくと。
ネルがそっと俺に腕を絡ませる。
可愛い顔が台無しなくらい泣いた跡がある。
「ノアーナ様……」
俺はネルを抱きしめた。
こんな時だというのに俺は心が躍るのを実感した。
そうだ。
まだ負けていない。
全部救う?
烏滸がましいだろ。
俺は愛するこの子たちだけでも絶対に守るんだ。
「すまない皆。守るぞ、ミユルを。そしてこの星を。力を貸してくれ!!」
「「「「「「「「「「「はいっ」」」」」」」」」」」」
※※※※※
そしてミユルは……
滅んでしまった。
俺は結局……奴に勝つどころか……怖くなって、みっともなく命乞いをし……逃げた。
愛するルイーナとサラナが目の前で喰われ、そして奴は宣言した。
「次はお前の愛する……ネルを犯しながら食ってやるよ!!ギヤハハハハ!遊戯の景品としちゃあ上等だろうが?あああん!?」
※※※※※
40人いた俺の愛する仲間たちは……
12人しか残っていなかった。
漆黒を持たない「魔王に近しもの」
唯一奴に対し行動阻害のない者たちを守るため。
レーランまでが命を落としていた。
ミユルは壊滅し。
そして俺たちは残った全員でギルガンギルの聖域に逃げ込んだ。
そして俺は非道な決断を行う。
愛する仲間から記憶を奪うことにした。
ミユルの悲劇を。
殺された仲間を。
全て改変した記憶を植え付けた。
許されない事だ。
だが俺は覚悟を決めた。
アースノートの計算で成功率は20%しかないのだろう。
だが俺は、最後の権能を使う。
俺も滅ぶが、確実に奴を消す。
もう俺はあいつを許す事が出来ない。
そして自分を何よりも許さない。
その1か月後……
4823年4月28日
最終決戦で奴を消し去った俺は、賭けに出て地球へ戻ったんだ。
中途半端なタイミングだった。
記憶をすべて失い、佐山光喜14歳に再転生した。
ただ一つだけ決意していたことがある。
悪意を理解する。
それだけを強く想いながら‥……