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「おかえりなさいませ、パーカー様」

「おかえりじゃねぇよ、コレ見えねぇのか!?」


 若者が報酬を取りに現れたのは即日どころか一週間後だった。


「見えております。おいたわしいことです」


 若者の新品の冒険者服は確かに希望どおり汚れてはいなかったが、若者は右目に眼帯をしていた。


「ざけんな! 目玉が溶けたんだぞ!? 怪我をしないクエストがいいって言ったじゃねぇか!」

「お言葉ですが、怪我については冒険者様自身の判断や行動に左右されると申し上げました」

「だっ、だけど……」

「クエスト依頼者様から先にご報告をいただいています。パーカー様、あなたは『厳禁』を犯したそうですね。決して直接目にしてはいけない粘菌を、魔導顕微鏡越しでなく、直接右目で覗き見た」

「いや、だって厳禁とか知らねぇし……!」

「では私にも嘘を吐かれたのですね。注意事項はすべて読んだとおっしゃったのに」

「あんなのぜんぶ読めるかよ! それより、どうにかしてくれ。視力が戻らないんだ。失明なんて嫌だ」

「上級魔導医師にはお診せになりましたか?」

「お診せになれるかよ。あんなの富裕層の専属だろ」


 若者は目玉が溶けたと言ったか。目玉のような繊細複雑な器官の再生は、中級以下の魔導医師では難しい。


「あんたの紹介したクエストでこうなったんだから、責任取ってくれよ」

「責任は、冒険者であるパーカー様ご自身にあります」

「頼むよ! めちゃくちゃ痛かったんだよ、コレ。そのうえ見えなくなるなんて……!」

「ですが、生きておいでです」

「はあ?」

「命がご無事だったのですから、上級魔導医師に掛かる代金はまた、クエストで稼げばいいじゃないですか」


 おや、と思った。平坦だった彼女の声に、今初めて、憤りのような揺らぎが見えた気がした。


「生きているのに、文句を言わないでください」


 言うねぇ、と思ったときにはもう、沸点の低い未熟な若者はカウンターをバンッと叩いて彼女に詰め寄っていた。


「うるせえクソ女! 自分は安全地帯にいて、のうのうと案内してるだけのくせにッ! ごめんなさいくらい言ったらどうだ! ああ!?」

「ご存じですか」


 彼女は怯まなかった。


「無事に帰ってくる100人の裏には、無事じゃない姿で帰ってくる70人と、帰ってこない30人がいるのです。一番文句を言いたいのはその30人のはずなのに、彼らは何も言いません」

「当たり前だろ、死んでんだから!」

「私に文句を言う資格があるのはその30人だけです。70人のあなたは、自分で責任を負って生きていってください」

「おまっ……このっ」


 若者の手が彼女の制服の胸倉に伸びる。僕が駆け出すその前に、警備係がふたり飛んでいき、若者を羽交い絞めにする。


「わっわっ、何だよお前ら」

「パーカー様、しばらく出禁にさせていただきます」

「おい、ちょっ、やめろ、離せ」

「お疲れさまでございました、パーカー様」


 警備係に引きずられていく若者を、最敬礼の45度で見送る。もったいない。なんであんなヤツに。


 ああ、そうか、と不意に僕は思った。

 帰ってこなかった30人を、きみは背負って生きているのか。


 だからきみは、誰も見ていないときだって、綺麗な礼をするんだな。


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