「おはようございます、●●さん」
夏は暑い。だから屋外での草むしりは早朝に限る。
だいぶ早くに始めたはずだったのに、もう職員たちが出勤してくる時間かと意外に思い、僕は振り向く。
僕から見て、左に約15度。首をかたげた彼女の口元は、不機嫌に見えない程度にうっすら弧を描いている。
「ああ、セシリーさん。おはようございます」
「草むしりですか? ずいぶん早いですね。まだ六時半ですよ」
「え、六時半? 八時半じゃなくて? いやいや、セシリーさんこそどうして始業より二時間も早く?」
クエスト管理棟の始業は午前九時だった。ちなみに、受付カウンターが開くのは午前九時半だ。
六時半なんかに何の用だろう。
彼女は草地にしゃがむ僕に合わせてしゃがみ込んだ。私服らしいひざ丈スカートの中が見えそうになり、僕は咄嗟に目を逸らす。
「●●さん、朝ご飯はもうお済みです?」
「え、朝ご飯? えーっと」
朝は腹が空かないから、水を飲むだけだ。でも、そう答えるのも不健康さをアピールするようで情けなく、
「実はまだなんです。草むしりが終わったら、近所の食堂にでも食べに行こうかと」
「そうですか。それはよかった」
「はあ」
「私も朝ご飯、まだなのです。出勤してから食べようと思って、多めに持ってきてしまいました。半分食べていただけませんか?」
「えっ?」
僕は彼女を見た。白い髪が、朝の陽光を浴びて銀色に輝いている。色素の薄い青い瞳は、晴れ渡った今朝の空のようだ。
「きれい……」
「えっ?」
と今度は彼女が言い、目を丸くした。僕は一瞬遅れて自分の失態に気づき、慌てて弁明する。
「あ、いやっ、違っ……いや、違わないんですが、そうじゃなくてっ。あっ、空です、空がきれいで」
「はい」
「思わず口に、出して……しまって……」
心臓がバクバクいっていた。顔はとっくに発火していて、大炎上だ。
「それで、お返事は?」
しゃがんだまま、彼女が半歩近づいてくる。僕はカラカラの喉をごくりと鳴らす。
「い、いただきます」