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第2話 ステータス開いた

 殺されることができなかった悲しみを、言葉にして叫ぶ野蛮人。おそらく女性にはそういう姿に見えたのだろう。


「あのー、大丈夫ですか……?」

「これが大丈夫に見えますかっ!?」


 思わず涙と鼻水でグチャグチャになった顔を女性に向ける草薙。そこに護衛と思われる武装した男性が割って入る。


「それ以上お嬢様に近づくな! 貴様、何者だ!?」


 男性の顔は、女性を守るというより奇怪な人間を見てしまった恐怖に近い表情をしていた。


 草薙は袖で顔を拭き、一度深呼吸する。


「えーと、失礼しました。俺は草薙武尊と言います。決して怪しい者ではありません」

「いや、十分怪しいだろ」


 男性にツッコまれてしまうが、草薙は動じない。


「まぁ、旅人みたいなもんですよ」

「旅人にしては丸腰だな? 荷物はどこにやった?」

「荷物はもともとなくて……」


 とりあえずポケットを裏返して、中身がないことを証明する。


「怪しい……」


 男性はとにかく怪しんでいる。それを女性が諫めた。


「マシュー、彼は怪しい人間ではないわ」

「しかし……!」

「どちらにしろ、私たちのことを助けてくれたのよ?」


 そのことを聞いた男性は、大人しく引き下がる。


「タケルと申しました方。私はナターシャ。この先の街に住んでいる者です」


 改めて彼女の服装を見ると、それなりに綺麗な服装をしている。背中まで伸びた金髪と対比するような、少し明るめの黒の服。動きは少し鈍くなりそうなオレンジのロングスカート。そして目立つような緑の瞳。


 カワイイと美しいを両立させているような女性だ。


「私たちのことを助けていただき、ありがとうございます。お礼としてはなんですが、私の住む街まで馬車でお送りしましょう」

「いいんですか?」

「えぇ、もちろん」


 行先のない草薙としては、ありがたい提案である。


「では、お言葉に甘えさせていただきます」


 その後、馬車を曳いていた馬が戻ってきたことで、無事に移動を始める。武装した男性は御者も兼任していたようだ。


 草薙とナターシャは馬車に乗り込む。


「それで、タケルはどちらからいらしたのですか?」


 この質問に、草薙は悩む。


(今のところ、異世界から来たというのはリスクがある。しかし、逆にこの世界のことを知らなすぎて怪しまれる可能性もある。記憶喪失ってことにするか? いやそれも怪しい……)


 草薙は決断した。


「実は俺、この世界とは異なる世界から来たのです」

「異なる世界……?」


 草薙は簡単に異世界の概念を説明する。


「なるほど……。世界そのものが全く違った場所が存在するのですね……」

「えらく飲み込みが早いな……」

「当然です。そうでなければ、今の仕事はやっていけません」


 その仕事というのが、草薙は少し気になった。


「それで、タケルはどうして死にたがっているのですか?」

「どうしてって……、そういう固定観念って言うんですかね……。とにかく死なないといけないって考えに支配されている、とでも言えばいいんでしょうか……」

「あー。いますよねぇ、そういう人」

「なので、理由はないようなものですよ」


 ナターシャは納得したような顔をする。


「それと、あのような体技……。あれも異世界の技術なのですか?」

「はい。ボクシングと空手と柔道を習っていたもので」

「三つも習い事をしていたのですか? ご両親はさぞ立派な貴族なのでしょう」

「あぁ、いえ。ごく普通の平民ですよ。俺のいた国では、お金さえあれば自由に習い事ができる環境でしたし」


 ここで草薙は一つの疑問を投げかける。


「実は、元の世界ではあれほどの威力なんて持っていなかったのです。こちらの世界にきてから急に力が沸いてくるような感覚がありまして……」

「それでしたら、ステータスを確認してはいかがです?」

「ステータス? また異世界らしい概念が出てきたな……」

「頭の中でステータスと念じれば出現するはずですよ」


 ナターシャに言われた通り、「ステータス」と念じてみる。すると、目の前に大きな画面が現れた。


「うぉっ……。これがステータス……?」


 手を伸ばしてみると、そこには存在しないが触ったという判定はあるようだ。まるでVRゲームでのメニュー画面のようである。


「その中に何か特筆すべきスキルなどはありますか?」

「えぇと……。『身体強化』ってスキルがありますね」

「それは文字通り、身体の強化を行うスキルですね。確か必要な時に発動されるスキルでしたか……」

「意外と便利……」


 そのまま別の項目も見る。


「ん? 何かバッドステータスが存在しているんですが……」

「なんて書いてありますか?」

「『自害阻害の呪い』……?」

「呪いのステータスというのは、だいたいそのままの意味で書いてあります。つまり、自害するのを阻む呪いということになります」

「てことは、自殺できないってことなのか……?」

「おそらくは」


 草薙は絶望した。この世界にいる限りは、自殺できないということである。


「ま、まぁ落ち込むことはありませんよ」


 ナターシャが草薙のことを慰める。


 何とか立ち直った草薙は、ステータス画面を見てあることを指摘する。


「ステータスなのに、自分の体力とか経験値とか書いてないんですね」


 今のところ、スキルと呪いの名前と詳細しか分からない。


「それもそうです。ステータス盤が見えるということは、すなわち自分の未来を予測できるということ。それを神は良しとしませんでした。そこで人々のステータス盤に制限を掛けたと言い伝えられています。確かに、何でもかんでも自分のことが分かるのは便利ですが、そうなると自分のステータスに絶望する人も出てくるでしょう。神はそのことを危惧したのだと思います」

「はぁ、なるほど……」


 草薙はなんとなく身に覚えがある感じがした。


(そりゃ自分の知らない一面を知れるのなら最高だけど、それは同時に自分の悪い一面も見れるということ。それに絶望するのは他ならない自分だ)


 草薙の脳裏に、嫌な記憶が蘇る。自分の弟に空手の段位を抜かれたこと、柔道の団体戦で自分一人だけが負けたこと、ボクシングで一発KOされたこと……。


 自分の努力や才能がステータス画面一つで分かってしまうのは、とても残酷で無情なことなのだ。


 一人で気持ちを落ち着かせた後、草薙はあることが気になった。


(……ステータス以外のコマンドって他にあるのか?)


 そう、例えば……。


(プロパティ)


 そう念じた瞬間、強烈な頭痛が草薙に襲い掛かる。誰かに心臓を鷲掴みされたように鼓動は不規則になり、眩暈や吐き気などの症状を引き起こす。


 そして何よりも、視界一杯に複数表示された「本当によろしいですか?」の警告ウインドウが気持ち悪さを加速させた。


(きゃ、キャンセル!)


 それを念じた瞬間、あの気持ち悪さが嘘のように消えた。


「はぁ……ッ、はぁ……ッ!」


 思わず呼吸が激しくなる。


「タケル!? どうしたんですか!? まさか、プロパティを使ったんですか!?」

「知っているんですか?」

「プロパティは世界の理に触れる禁忌の技として有名です。もし承認してしまったら最後、廃人と化してしまうのです」

「そんなにヤバかったのか……」

「これからは二度としないでください」

「はい……」


 思わず反省する草薙。こんな体験をすれば、二度と使うような真似はしないだろう。


 それから一時間ほどしただろうか。夕焼けがだんだん広がってくる。


「お嬢様、もうすぐ街に着きます」


 御者兼護衛がそのように告げる。馬車の窓から外を見ると、大きな城壁が見えるだろう。


「到着しました。ここが私が住む街、エルケスです」


 ここから、草薙の新たな物語が始まろうとしていた。

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