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第4話 転がり込んだ

 何とか街に入れた草薙。


「街まで送っていただき、ありがとうございます」

「大丈夫ですよ。これはお礼なので」

「それじゃあ、この辺で自分は失礼しようかなと思います」

「この後はどうするのですか? 行く当てがあるんです?」

「いや、ないですけど……」


 ナターシャの疑問に、草薙は何気なく答える。


「実は宿に泊まる際にも、身分証の提示を求められる場合があります。お一人で宿に向かっても、おそらく門前払いされることでしょう」

「マジかぁ……」

「それにその姿では、どこに行っても怪しまれるのでは?」


 そこまで指摘されてしまい、草薙は悩んでしまう。


「そうなると、自分はどうすればいいんでしょう……?」

「まずは身分証か、それの代わりになる物を手に入れることが最優先です。まずは役所に行って市民権の発行をしてもらうのが一番でしょう。ですが、不法移民の可能性も排除できないので、審査は慎重に行われます。短くても一月はかかるかと」

「順当にいけば、そうなりますよね……」

「それに市民権の発行は、国王もしくは司法省による承認が必要になります。そうなるともっと時間がかかることになり、その間の生活も保障されません」

「それじゃあ、どうしようもないじゃないですか」


 草薙は絶望するが、ナターシャは余裕の表情を見せている。


「そこで、もう一つの方法があります。それは冒険者ギルドに加入することです」

「冒険者ギルド?」

「はい。冒険者は武力省の外局が運営している独立法人になります。ここで冒険者の証である冒険者カードを作成すれば、身分証の代わりとして利用することができます。審査の時間も一週間程度ですし」

「そんな制度があるんですね……」


 それなら、冒険者ギルドに行ったほうが楽だろう。それに冒険者ギルドは異世界物の醍醐味でもある。


「早速冒険者ギルドに行きたいところですが、今日はもう遅いので明日にしましょう」

「え? そうなると、俺はどうすれば……」

「大丈夫です。私の家に泊めてあげます」

「……へ?」


 馬車はそのままナターシャの家へと向かう。

 馬車が到着したのは、街中でかなり大きめの屋敷である。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 出迎えたのは、初老の執事であった。


「ただいま、マイク」

「それでお嬢様、そちらの方は?」


 そういって草薙のことを聞く。


「アリロ街道で困っていたところを助けてくれた方よ。丁重にもてなしてちょうだい」

「かしこまりました」


 ナターシャと執事が話している横で、草薙は唖然としていた。


「ナターシャさん……? これは一体……?」

「あら、言いませんでした? 私はナターシャ・カルナス。このエルケスの街を治めるカルナス子爵の娘ですわ」


 それを聞いて、草薙は余計に唖然とする。


(これも異世界物では定番の、貴族の家に転がり込むアレか!?)


 もうツッコむのは止めようと思った草薙であった。


 草薙はメイドの案内により、客室に通される。


「大体十畳ってくらいか……」


 部屋の大きさを確認すると、草薙はベッドに倒れこむ。


「あぁ、疲れた……」


 そしてふと思い立ち、ステータス画面を開く。ステータス画面には、自分のスキルである身体強化レベル一と、自害阻害の呪いが書いてあるのみである。


「……やっぱり、自分の体力とかその他諸々が見えたほうが便利だよなぁ。でもそれを見た時、果たして受け入れられるかどうか……」


 草薙は自分の深淵を覗くような、自分が自分でない不気味な感覚を覚えるだろう。


 その時、部屋のドアがノックされる。ドアを開けると、メイドの一人が立っていた。


「タケル様、お食事の用意が出来ました。食堂にご案内します」

「分かりました」


 食堂は客室よりも大きく、長机が置かれている。とはいってもアホみたいに長くはなく、大体三メートルくらいといったところか。


 そしてそこには、すでにラフな服装に着替えたナターシャがいた。


「タケル、どうぞ座って」

「それじゃあ、失礼します」


 ナターシャの向かいに座る草薙。それと同時に料理が運ばれてきた。


「量は少ないかもしれないけど、容赦してくださる?」

「えぇ、大丈夫です」


 こうして静かな食事が始まった。


「タケル、一ついいかしら」


 食事の最中、ナターシャが口を開く。


「何でしょう?」

「タケルは何歳になるのかしら? 見た感じは十五くらいに見えるのだけど……」

「もう二十歳はたちですよ」

「二十歳なの!? それよりも若く見えるわ……。いえ、それは今重要なことではないわ」


 ナターシャは改めて、草薙の目を見る。


「丁寧な言い方ではなくて、もっと砕けた口調にならないかしら? 私は今年で十七だし、歳もだいぶ近いと思うのだけど」

「そうですね……。しかし、それは失礼では? 仮にも子爵様の御令嬢でしょう?」

「何も失礼なことはないわ。それに、あなたは私の命の恩人なのよ?」


 そこまで言われてしまったら、どうしようもない。


「分かった、ナターシャ」

「これからもよろしくね、タケル!」


 そして食事が再開する。


(……ん? 「これからもよろしく」?)


 彼女の発言に草薙は疑問に思ったが、心の中に留めておくのだった。


 その後は客室に戻り、用意された寝巻に着替える。当然といえば当然だが、風呂はなかった。


 そしてベッドに入り、明日に備える草薙であった。

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