何とか街に入れた草薙。
「街まで送っていただき、ありがとうございます」
「大丈夫ですよ。これはお礼なので」
「それじゃあ、この辺で自分は失礼しようかなと思います」
「この後はどうするのですか? 行く当てがあるんです?」
「いや、ないですけど……」
ナターシャの疑問に、草薙は何気なく答える。
「実は宿に泊まる際にも、身分証の提示を求められる場合があります。お一人で宿に向かっても、おそらく門前払いされることでしょう」
「マジかぁ……」
「それにその姿では、どこに行っても怪しまれるのでは?」
そこまで指摘されてしまい、草薙は悩んでしまう。
「そうなると、自分はどうすればいいんでしょう……?」
「まずは身分証か、それの代わりになる物を手に入れることが最優先です。まずは役所に行って市民権の発行をしてもらうのが一番でしょう。ですが、不法移民の可能性も排除できないので、審査は慎重に行われます。短くても一月はかかるかと」
「順当にいけば、そうなりますよね……」
「それに市民権の発行は、国王もしくは司法省による承認が必要になります。そうなるともっと時間がかかることになり、その間の生活も保障されません」
「それじゃあ、どうしようもないじゃないですか」
草薙は絶望するが、ナターシャは余裕の表情を見せている。
「そこで、もう一つの方法があります。それは冒険者ギルドに加入することです」
「冒険者ギルド?」
「はい。冒険者は武力省の外局が運営している独立法人になります。ここで冒険者の証である冒険者カードを作成すれば、身分証の代わりとして利用することができます。審査の時間も一週間程度ですし」
「そんな制度があるんですね……」
それなら、冒険者ギルドに行ったほうが楽だろう。それに冒険者ギルドは異世界物の醍醐味でもある。
「早速冒険者ギルドに行きたいところですが、今日はもう遅いので明日にしましょう」
「え? そうなると、俺はどうすれば……」
「大丈夫です。私の家に泊めてあげます」
「……へ?」
馬車はそのままナターシャの家へと向かう。
馬車が到着したのは、街中でかなり大きめの屋敷である。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
出迎えたのは、初老の執事であった。
「ただいま、マイク」
「それでお嬢様、そちらの方は?」
そういって草薙のことを聞く。
「アリロ街道で困っていたところを助けてくれた方よ。丁重にもてなしてちょうだい」
「かしこまりました」
ナターシャと執事が話している横で、草薙は唖然としていた。
「ナターシャさん……? これは一体……?」
「あら、言いませんでした? 私はナターシャ・カルナス。このエルケスの街を治めるカルナス子爵の娘ですわ」
それを聞いて、草薙は余計に唖然とする。
(これも異世界物では定番の、貴族の家に転がり込むアレか!?)
もうツッコむのは止めようと思った草薙であった。
草薙はメイドの案内により、客室に通される。
「大体十畳ってくらいか……」
部屋の大きさを確認すると、草薙はベッドに倒れこむ。
「あぁ、疲れた……」
そしてふと思い立ち、ステータス画面を開く。ステータス画面には、自分のスキルである身体強化レベル一と、自害阻害の呪いが書いてあるのみである。
「……やっぱり、自分の体力とかその他諸々が見えたほうが便利だよなぁ。でもそれを見た時、果たして受け入れられるかどうか……」
草薙は自分の深淵を覗くような、自分が自分でない不気味な感覚を覚えるだろう。
その時、部屋のドアがノックされる。ドアを開けると、メイドの一人が立っていた。
「タケル様、お食事の用意が出来ました。食堂にご案内します」
「分かりました」
食堂は客室よりも大きく、長机が置かれている。とはいってもアホみたいに長くはなく、大体三メートルくらいといったところか。
そしてそこには、すでにラフな服装に着替えたナターシャがいた。
「タケル、どうぞ座って」
「それじゃあ、失礼します」
ナターシャの向かいに座る草薙。それと同時に料理が運ばれてきた。
「量は少ないかもしれないけど、容赦してくださる?」
「えぇ、大丈夫です」
こうして静かな食事が始まった。
「タケル、一ついいかしら」
食事の最中、ナターシャが口を開く。
「何でしょう?」
「タケルは何歳になるのかしら? 見た感じは十五くらいに見えるのだけど……」
「もう
「二十歳なの!? それよりも若く見えるわ……。いえ、それは今重要なことではないわ」
ナターシャは改めて、草薙の目を見る。
「丁寧な言い方ではなくて、もっと砕けた口調にならないかしら? 私は今年で十七だし、歳もだいぶ近いと思うのだけど」
「そうですね……。しかし、それは失礼では? 仮にも子爵様の御令嬢でしょう?」
「何も失礼なことはないわ。それに、あなたは私の命の恩人なのよ?」
そこまで言われてしまったら、どうしようもない。
「分かった、ナターシャ」
「これからもよろしくね、タケル!」
そして食事が再開する。
(……ん? 「これからもよろしく」?)
彼女の発言に草薙は疑問に思ったが、心の中に留めておくのだった。
その後は客室に戻り、用意された寝巻に着替える。当然といえば当然だが、風呂はなかった。
そしてベッドに入り、明日に備える草薙であった。