翌日。草薙は窓から入る朝日を浴びて起床する。
「あぁ、良く寝た。昨日は珍しく、寝るときの希死念慮が起きなかったな」
体調の良さを確認しながら、草薙はベッドから起き上がる。寝巻から自分の服に着替えると、タイミングよく部屋のドアがノックされる。
「タケル様、朝食の準備が出来ましたが、すぐに食べられますか?」
「はい、すぐに食べます」
昨日と同じように食堂に案内されるが、そこにはナターシャの姿はない。メイド曰く、ナターシャは起きるのが遅いようだ。なので朝食は草薙一人で食べる。
朝食後、しばらく客室でのんびりしていると、またドアがノックされる。
「タケル? 入ってもいい?」
「あぁ、大丈夫」
ナターシャが入ってくる。
「朝食はどうだった?」
「おいしかったよ。ただ元居た世界の味付けが濃かったから、こっちの料理は薄味に感じたね」
「そんなに薄い味だったかしら……」
「いや、使ってる調味料の問題だから、そんなに気に病むことでもないよ」
草薙はフォローを入れる。
「それじゃあ、今日の予定を確認するわね。まずは冒険者ギルドに行って冒険者カードの発行をする。その後予定が空いていたら、タケルの服を買いに行く。主にこの二つね」
「服を買いに行くっていうのは?」
「あなたのその服装じゃ、どこ行っても目立つわ。今のあなたは、私の極秘の護衛ってことになってるはずよ。だから服が必要になるわ」
「はぁ……」
服などには無頓着な草薙であったが、建前のことを考えると納得するほかない。
「もうすぐ冒険者ギルドの営業時間だから、そろそろ出発しましょ。今から歩いて行けばちょうどいいはずだわ」
「りょーかい」
そういって二人は徒歩で冒険者ギルドに向かう。執事からは馬車を出すと言われたが、ナターシャが断った。
歩くこと数十分。目の前に大きな建物が見えてくるだろう。
「ここが冒険者ギルドよ」
「結構大きいんだなぁ」
「当然よ。冒険者ギルドは武力省の管轄だから、駐屯地の司令部も兼ねているの」
「へぇ」
そんなことを言いながら、ギルドの中に入る。目の前の壁にはクエストの紙が張り出されており、横を見ると受付カウンターがあった。カウンターの前には、冒険者と思われる人が数人ほどいる。
「とりあえず受付に行けば大丈夫だと思うから」
「思う? ナターシャはギルドに来た事あるんじゃないの?」
「何言ってるの? 初めて来たわ」
「え?」
「えっ」
草薙はてっきり、ナターシャは冒険者ギルドのことを知っていると思い込んでいた。
「初めて来たのに、ギルドのことよく知っているんだね……」
「それはもちろん、この街のことは大抵知っているわ」
(知っているだけで来たことはないのね……。まるでオタクみたいだぁ)
オタクに対する熱い風評被害である。
草薙はそんなことを思いつつ、とりあえずナターシャの後ろをついていくことにした。そのナターシャは受付カウンターに向かい、受付嬢に話しかける。
「すみません、冒険者の新規登録ってこちらでできますか?」
「新規受付は現在行っていません」
「えっ?」
草薙とナターシャは、思わず声を上げてしまう。
「そもそも冒険者ギルドの制度はご存じですよね?」
「いえ、そこまでは……」
(え、知らなかったの?)
草薙は心の中でツッコむ。
「もともと冒険者というのは、戦闘能力に特化した精鋭を武力省が公認した人々であり、冒険者一人で百人隊の戦力に匹敵するものと言われています。そんな冒険者になるためには、武力省直下に設置されている軍に所属しているか、厳しい訓練を受けたうえで相応の学力と武力を有してるかの二通りしかありません」
「それじゃあ訓練を受ければ問題ないのですね?」
「訓練を受けるのはそうなんですが、今は訓練生受付の時期ではないので……。申し訳ありませんが、今回はお引き取りいただき、来年の一月にまたいらしてください」
受付嬢からほぼストレートに「帰れ」と言われてしまった。
「ナターシャ……、今何月……?」
「……七月」
「半年先……!」
目論みが外れたナターシャ。思わずカウンターでうなだれてしまう。あまりにも無残な光景が広がっている。
「ごめん、タケル……」
「いや、うん、大丈夫……」
崩れるナターシャを見て、草薙は思う。
(意外とポンコツ属性あるな……?)
とにかく、受付嬢が出来ないと言うのだから引き下がらざるを得ないだろう。その時だった。
「ククク……! あいつら冒険者ギルドの規約すら知らないのかよ」
「おつむ弱そうでマジ笑える」
「こういう連中が冒険者になるとレベルが下がるから止めてほしいよな」
ナターシャのやり取りを見ていたのか、冒険者と思われる連中がこちらのことを見て笑っている。草薙は思わず体が動きそうになったが、ここで面倒ごとを起こすとギルド出禁になる可能性もあるだろう。
とにかく冷静になり、ここをやり過ごす。
「ナターシャ、とにかく一度帰って考え直そう」
「そ、そうね……」
そんな話をしていると、なんとその冒険者のほうから接近してくる。
「おう、嬢ちゃん。そんなに冒険者になりたいのか?」
「それなら俺たちが手取り足取り教えてもいいんだぜ?」
「その男とは別のところでな」
ゲヘヘと言いそうな表情をしながら、ナターシャの方に接近してくる。草薙は思わずナターシャの前に出た。
「冒険者になりたいのは俺だ。この子は関係ない」
その草薙に対して、冒険者がガンを付ける。
「なんだてめぇ? 野郎に用はねぇんだよ」
「死にてぇのか?」
その言葉に草薙が反応する。
「死ぬ……?」
「あ?」
「俺のことを死なせてくれるのか?」
「あぁ、そうだな……。殺してやるよ」
「やれよ。俺のこと殺してみろよ」
「あんだと……?」
売り言葉に買い言葉。罵り合いの応酬がヒートアップする。
「ちょっとタケル……。止めといたほうがいいわよ……」
ナターシャの制止の前に、冒険者側が草薙の胸倉を掴む。
「おう殺してやるよ」
「やってみろよ」
冒険者は腰に帯びている剣に手を伸ばす。その瞬間だった。
「そこまでだ」
威圧感のある声が降ってくる。いつの間にか老紳士が横に立っていた。
「ギ、ギルド長……」
「ギルド長……!?」
冒険者たちの驚く声に、草薙も驚く。
「冒険者として、その行動は恥ずかしくないのかね?」
「うっ……」
「冒険者を目指す君も、相手の挑発に乗ってはいけないぞ?」
「う、うす……」
しかし、ギルド長はまだ何か言いたげであった。
「君、冒険者になりたいのなら、彼らと戦ってみるかね?」
「えっ……?」
状況が急転し始めた。