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第6話 戦った

 ギルド長の提案に、草薙は思わず動揺してしまう。


「少年はどうしたい?」


 ギルド長は笑顔で、しかしどこか威厳のある声で草薙に聞く。


「や、やります」

「よし、分かった。アラド、少年の相手をしてやってくれ」

「はぁ?」


 アラドと呼ばれた冒険者たちのほうも、ギルド長の命令で勝手に相手することになった。いや、もともとの種は草薙と冒険者が一緒に撒いたものだが。


「なら早い方がいい。すぐに演習場に移動するぞ。今日は演習場は空いてたな?」

「予約は入っていません」


 ギルド長の言葉に、受付嬢が答える。


 そして騒動になったのか、ギルドの奥にいた職員らがカウンターから出てきた。


(なんだかおおごとになってきたな……)


 草薙は面倒くさい顔をする。その時、あの感覚がやってくる。


(あ、死にたい)


 希死念慮の登場だ。これを解消するためには、大抵の場合寝るしかない。希死念慮はすぐには消えてくれないのだ。


「タケル、本当に大丈夫?」


 ナターシャが草薙に聞く。


「うん、多分……」

「多分だと本当に死んじゃうわ」


 ナターシャは心配してくれているのだが、それに気づかないほど希死念慮に支配される。


「よし、移動するぞ」


 ギルド長を先頭に、演習場へと移動する。演習場は巨大な円形闘技場のようで、客席は少なめだ。


 草薙とアラドたちは、演習場の真ん中あたりで相対する。


「さて、準備はいいかね?」


 ギルド長は双方に聞く。


「あくまでも演習だからな。命のやり取りはなしだ。良いか?」

「おうよ」

「はい」


 草薙も相手も問題ない。


「おいお前」


 その時、相手となるアラドが草薙に声をかけてくる。


「言っておくが、俺たちはこのギルドで二番目に強い。だから手加減出来ないこともある。死んでも文句言うなよ?」


 その言葉に、草薙の中で何かが吹っ切れる。


「死なせてくれるのか……?」

「あ?」

「俺を殺すんだな?」

「あぁ、そうだな……。それも一興だな」


 それを聞いた草薙は雰囲気が変わる。


「ならやってみろよ……。俺を、殺してみろ!」

「おうおう、その気ならやってやるよ」


 草薙の戦闘スイッチが入る。それに合わせてアラドたちも戦闘態勢に入った。


「双方、やる気十分だな」

「ちょっと待ってください! タケルは一人なのに、相手は三人ですよ!? どう見てもタケルが不利じゃないですか!」

「お嬢さん、男には負けるかもしれない時でも戦わないといけない時があるんだ」


 ナターシャの抗議も、ギルド長に軽くあしらわれてしまう。


「では、演習開始!」


 ギルド長の合図と同時に、アラドたちは草薙に接近する。


「ケイドは俺と突進、ビリーはいつもの魔法よろしく!」

「おう!」

「任せろ」


 アラドとケイドは剣を抜いて突進してくる。その後ろでビリーが大きな杖をかざして魔法のような物を発動している。


「殺す気で行━━」


 その瞬間であった。アラドの顔面に拳が振るわれ、グシャリと変形した。アラドは空中で一回転し、顔面を殴打しながら地面に倒れこむ。


「……は?」


 ケイドは思わず突進を止める。なぜなら、アラドの横にいつの間にか草薙が立っていたからだ。ケイドの目には、ほんの一瞬で草薙が移動してきたように見えたのだ。


「お前、何者だ……?」

「ただの、身分証が欲しい一般人だ」

「お前のような一般人がいてたまるかよ……!」


 そういって、ケイドは剣を草薙に向かって振るう。その剣の軌道を、草薙は見切っていた。次から次に振るわれる剣を、草薙は身のこなしだけで躱していく。


「クソ、クソッ……!」


 ケイドは無茶苦茶に剣を振っているが、それ以上に草薙の回避のほうが早い。


 このままでは勝ち目がないと判断したのか、ケイドは一旦下がる。


「お前の実力は確かにある。だが、それだけでのし上がれると思うなよ」


 そういってケイドは剣を前に持ち直し、気を集中させる。


後天的特異技能ユニークスキル発動! 火焔の剣フレイム・ソード!」


 その瞬間、持っている剣から炎が噴き上がる。


「なんだそれ……。そんなんアリかよ……」


 草薙は一連の様子を見て、思わず呟いてしまう。


「フハハ! 後天的特異技能ユニークスキルを知らなかった時点で、お前は冒険者失格だな!」

「そんなことないだろ……」

「それにこの剣は変幻自在! どこまでもお前のことを追いかける!」


 そういってケイドは剣を振るう。それに合わせるように炎が軌跡を描いて飛んでくる。まるで斬撃が鞭のようになっているようだ。


 草薙はそれを回避するものの、攻撃の波がなかなか読めずに苦戦する。全身に小さな傷が増えていく。


「オラオラどうしたぁ!? このままじゃ死ぬぞぉ!?」


 ケイドはどんどん攻撃の手を増やしていく。草薙は拳や足蹴りで炎の斬撃をいなしていくが、それでも押されているのは事実だ。


「ギルド長! タケルがホントに死んじゃいますっ!」


 草薙の様子を見ていたナターシャが、ギルド長に直談判する。だがギルド長は止める判断をしない。


「彼の戦いは荒々しいが、磨けば宝石になる。俺の目には狂いはない」

「ですが……!」

「まぁ、もう少し見ようじゃないか。本当に危ない時はちゃんと止めるさ」


 ギルド長は口角を上げて、草薙の戦いを見ていた。


 そんな草薙は、若干のダメージを負いながら戦いを続けていた。


「いつまでも逃げてんじゃねぇぞ!」


 ケイドが猛攻を続けながら、草薙のことを追い詰めていく。しかし、草薙もただ見ているだけではない。


(この剣の振り方……、かなり大振りで隙が生まれやすい。ならば……)


 草薙は一度大きく後方に逃げる。だが、逃げた先は演習場の端であった。


「追い込んだっ! 死ねぇ!」


 ケイドが振りかぶり、斬撃を繰り出す。その攻撃を、草薙は棒立ちで待っていた。


「タケルッ!」


 ナターシャは思わず叫ぶ。


 その瞬間、草薙の姿が消える。


「何ッ!?」


 ケイドは目を疑った。目の前で人が消えたのだ。


 次の瞬間には、草薙はケイドの足元にいた。


「地面を短く進む歩行術、短地」


 実際はあらん限りの力で地面を踏み込み、身体強化で加速しただけの技である。


 草薙はケイドの足元で、地面を抉るように急減速し、残っていたスピードを上向きのベクトルに変換する。


「うぉぉぉ!」


 上向きの力を拳に乗せ、ケイドをぶん殴る。ケイドの体は派手に飛び、背中から地面に落ちた。


「見事だな」


 その様子を見ていたギルド長は、草薙の攻撃を見てニヤリと笑う。ナターシャは驚き半分安堵半分といった表情をしている。


 ケイドが再起不能になったのを確認した所で、最後に残っていたビリーの方を向く。


「ひ、ひぃ……!」


 二人の無残な姿を見て、ビリーは思わず尻もちをつく。


「短地」


 草薙は再び加速して移動する。その移動先はビリーの後ろだ。


 そのままビリーの首に手刀を入れる。ビリーは意識を失い、そのまま倒れ込んだ。


「すごい……。ギルドで二番目に強いのに倒しちゃった……」


 ナターシャは感激したように言う。草薙が文字通りジャイアントキリングをしたからだ。


「ふぅ……。なんとかなった……」


 戦いが終わったことを認識した草薙は、あることを思い出す。


「あっ! 殺してもらうの忘れてた……」


 先のゴブリンとの戦い以来、二度目の失態である。


「はぁー……。誰か殺してくれないかなぁ……」


 草薙の呟きは、誰にも拾われることはなかった。

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