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第8話 勉強した

 その後は屋台の食べ物を食べたりしたので、屋敷に帰ってきた時には夕暮れに近かった。


「文字の練習はいつやろう……?」

「夕食食べてすぐにする?」

「そうだな……。すぐにでも始めたいから、それでお願いするよ」


 そのように話をつける。


 ただ、その前に一つやることがある。


「ごめんね、空いてる部屋がこのくらいしかないの」


 草薙は客室から空いている部屋に移動することになった。


「いつまでも客室にいるのは心苦しいからちょうど良かったけど、何か考えがあったりする?」

「そうね。タケルが今後冒険者として活動していくとなると、帰ってくる場所が必要になるでしょ? ここが帰ってくる場所になってくれたらなぁって思って……」


 そういって、ナターシャが笑いかけてくる。その表情を見た草薙は思わず視線を上に向けてしまう。


(な、なんだ? この子、俺に惚れているのか……!?)


 本音が漏れそうになるが、それをグッと堪える。


(勘違いかもしれない……。いや、勘違いでもいい……! 俺に惚れててくれ!)


 内心で願望を叫ぶ草薙。そんな草薙の思いは届くのだろうか。


 そんなことはさておき、部屋の中はちょっとばかり物置のようになっていた。


「しばらく掃除してなかったから、埃とか溜まってるなぁ。今日は移るの無理かもしれないね」

「いやいや、自分の部屋は自分で掃除するよ」

「大丈夫よ。そのためのメイドだから」


 そういってナターシャはメイドを呼ぶ。


「この部屋の荷物を移動させて掃除しておいてちょうだい。彼の部屋になるから」

「かしこまりました」


 結局この日も客室に泊まることになった草薙。その後は夕食を済ませ、客室で文字を教わる。


「それじゃあ文字を教えていきます。まずは使われている文字から」


 そういって本のような物を開く。


「まず、文字は全部で三十種類あるの。それぞれの読み方は……」


 このような形で、まずは二時間ほどじっくり勉強していく。文字自体はラテン文字とほぼ同じで、そこにドイツ語のようなウムラウトやアキュートのような発音区別符号が付くような感じである。


 それを見た草薙はあることを思う。


(これ、かなりアルファベットだな……)


 そう、アルファベットなのだ。異世界にも関わらず。


(そうなると、この世界は地球と同じような文字体系になっているということ……?)


 そんなことをぼんやりと思いつつ、石板に石筆で文字の練習をしていく。


「上手だねー。どこかで習った?」

「習ったも何も、この文字は俺がいた世界で使われてた文字にそっくりなんだよ」

「そうなの!?」


 ナターシャも思わずビックリする。


「こんな偶然もあるものなのね……」

「偶然、ねぇ……」


 偶然という言葉を聞いて、草薙は少し引っかかるものを感じた。


 しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。近いうちに行われる試験に向けて、勉強を続けないといけないだろう。


「今日はこのくらいにしておきましょう」

「文字の書き方を習っただけなんだけど……」

「最初はそのくらいがちょうどいいのよ。明日からは単語を練習していくからね」


 そういってナターシャは部屋を後にする。それを見送った草薙は、すぐにベッドへ飛び込む。


「男女が二人きりになって、やることが勉強かぁ……。脈なしだな……」


 そんなことを思いつつ、眠りにつくのだった。


 翌日からは、単語の練習を始めていく。必要な単語である「私」や「あなた」といった、英語の授業のような勉強が続く。


「この文法の感じ、俺がいた国の言葉に似ているなぁ」

「そうなんだ」


 草薙の言う通り、この国ではSOV型━━主語・目的語・動詞の順番になっている。日本語やドイツ語と同じタイプだ。


 そして会話をすることができるので、話をしながら学習をすることができる。かなり不思議な体験だ。


「これが『冒険者』、これが『ギルド』、これが『依頼』……」

「いい感じだね。この調子なら文章問題ばっちりだよ」

「うん。でももうちょっと勉強していきたいな……」


 その他、数字や四則演算子も勉強する。数字もほとんどアラビア数字であり、十進法で表記される。それが出来れば、計算問題はノータッチで問題ない。


「すごい、計算問題得意なの?」

「一応理系の大学生だからね」

「リケイ……?」

「計算ができる人のこと」

「なるほどー……」


 そんな話をしながら勉強をしていると、あっという間に一週間が経過する。草薙の現状を見ると、あまり良くないようだ。


「うーん……。文章というか文法は問題ないんだけど、単語が間違っていることが多いね」


 もちろん、そんな事実は草薙も理解している。しかし、その理解が草薙自身を苦しめているのも事実だ。


「俺は子供でもできることができないのか……」


 子供にできることが自分にできないという事実を真正面から受け止めてしまい、草薙は過大な希死念慮を感じる。


「タケルはしょうがないよ。だってこの年齢で別言語を習得するなんて難しいんだから……」

「そうかもしれないけど……。できないという事実が俺の心を抉るんだ……」

「これは重症ね……」


 ナターシャは彼女なりに草薙のことを慰めようとするが、言葉が出てこないようだ。それでも否定はしないらしい。


「とにかく、練習あるのみだよ。頑張っていこう!」


 ナターシャが今で出来ることは、応援することだけだ。

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