冒険者ギルド本部。王都の中心街に建ち、王国に存在する冒険者ギルドを取りまとめる本社のような役割を持っている。
そこではここ数日ほど、ある話題で持ち切りであった。
「エルケス支部で下剋上が起きたらしいな」
「支部の中で二番目くらいに強いヤツと戦って勝ったって聞いたぞ」
「なんでも冒険者を志願する若者らしい」
「そんな逸材、一体どこに眠っていたんだ?」
草薙のことは職員の間でかなり話題になっているようだ。
そんな中、職員の間ではある二つの考えが流れていた。
「これだけの力を持つ人間が冒険者になってくれるとは……。彼はまさに英雄だ!」
「もしかしたら勇者に匹敵する逸材になるかもしれんぞ」
そういって英雄視する職員。一方で逆の考えを持つ者もいる。
「野良でこんな力を持っているなんて……、彼はきっと悪魔と契約したに違いない!」
「冒険者ギルドが中心となって、彼を拘束するべきだ」
草薙を悪魔と罵る職員もいた。
こういった考えは千差万別で、別に抑圧されるものでもない。それは人々の思想の自由だろう。
「A級を打ち破るほどの部外者……。一体何者なんでしょうね?」
冒険者ギルド本部の総長室にて、職員の一人が話す。その相手は冒険者ギルド本部の長たるギルド総長のシーランである。立派な白い口ひげを蓄えた老齢の男性だ。
「それは興味あるな。しかも冒険者志望と来た。我々も歓迎したいところだ」
「しかし総長、ほとんど得体のしれない人間ですよ? ギルドカードの発行は慎重になるべきでは?」
「だが、そんな理由で発行を遅らせたり拒否するのは一種の差別に近いだろう。私はそうは思わない」
そのような話をしていると、総長室のドアがノックされる。
「失礼、シーラン総長はいるか?」
「ドーニン伯爵か」
ドーニンと呼ばれた隻眼の男性が、総長室に入ってくる。それを見た職員は自発的に総長室を出た。
「ドーニン伯爵、どうしたのかね? 急用か?」
「用事がないと来てはいけないのか?」
「いや、そういうわけではないが……。ちょうど仕事が一区切りついた所だ。少し休憩しよう」
そういって紅茶の準備をするシーラン総長。ドーニン伯爵は総長室にあるソファに座った。
「ドーニン伯爵は今の職に就いて五年くらいになるんだったか」
「あぁ。大陸軍の指揮官もなかなか大変だ。上手くいかないことばかりでな」
ジェイク・ドーニン伯爵は、王国の大戦力である約数万人の大陸軍を率いる指揮官である。
「それよりも、例の少年の話を聞いたか?」
「あぁ、A級冒険者を演習でぶっ飛ばした彼の話だろう? 職員の間では英雄だったり悪魔だったりと、色々な話が飛び交っているよ」
シーラン総長は紅茶のカップを机に置く。
「ギルドの総長ではなく個人の考えとしては、彼に冒険者になってほしいところだ」
「よく分かる。しかし、私は軍に入ってほしいとも考えるがな。もしかしたら彼は将来化けるぞ」
「冒険者と軍人の融通政策はすでにある。まず彼には冒険者として経験を積んでほしいと思うのだが」
「そういって、冒険者ギルドに関する予算が欲しいのだろう?」
「それもあるがな」
シーラン総長はカップに紅茶を注ぎ、それを飲む。
「だが、国王陛下がどのようにお考えなのかが気になる所だ。何か聞いてはいないか?」
「まだ噂程度だからな。陛下の耳には入っていても、迂闊に口は出せないだろう。しかし……」
そういってドーニン伯爵は紅茶を飲み、一息入れる。
「侍従の話によれば、ぜひ彼について知りたいとのことだ」
「国王陛下は容認する、ということか?」
「おそらくはな」
そのような話が上がる一方で、どす黒い話をする者もいる。それらは、王都の中心街から少し離れたところにある商人ギルドである。
「どうも、例の少年を国王は容認するらしい」
「ここで国王の戦力が拡大するのは問題だ。我々の悲願が達成できなくなる恐れがある」
商人らはそのような話をする。彼らの悲願というのは、王家が所有する莫大な財産を手に入れることだ。そのための国家転覆も計画している途中である。
「王家の財産さえあれば、俺たちはこの国で一番裕福になれる」
「しかし、例の少年を殺すということは、王家に楯突くということになる。そうなれば、この国で安全に商売なんぞ出来ないぞ」
商人たちは悩む。商売は出来ても、それ以外のことはからっきしだからだ。
「どうやらお困りのようですね」
そこに一人の男が現れる。
「あ、あなたは……!」
「ノーフォード公爵!」
派手な服装に身を包んだ彼は、ニタニタとした笑顔で商人たちの話に入る。
「私も一つ、ある計画を進めていましてね」
「ある計画、ですか……?」
「先々代はかつて一人の男爵だった。しかし、五十年前のアダカルトの戦いにて功績を上げ、公爵位を当時の国王からいただいた。だが私はそれが心底気に食わない。私の実力ならば、国王よりも遥かに良い統治をすることができる。そのためにも、現在の国王を暗殺する必要がある」
「暗殺……!」
「私は王位継承を請求でき、君たちは王家の財産を手に入れることができる。互いにとって利害が一致しているとは思わんかね?」
そこまで言われ、商人たちは冷や汗をかいてしまう。そして理解した。この公爵は本気であると。商人たちは覚悟を決めた。
「分かりました。この際です、地獄までお供します」
「そうか、それは心強い」
かくして、秘密裏に草薙と国王の暗殺計画が立てられるのだった。