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第10話 試験を受けた

 ナターシャの屋敷に、冒険者ギルドから郵便が届いた。


「タケル、冒険者ギルドから手紙が届いたわ」

「内容は何? とはいっても、用件は一つだけだろうけど……」

「予想通りね。学力試験の日程が決まったようよ。今から一ヶ月後らしいわ」

「一ヶ月かぁ……」


 分かっていたが、試験日まで割と近い。今のままでは正直パスできるか分からない。


「不安だなぁ……」


 若干希死念慮を感じる草薙。ナターシャも何か出来ないか考える。


「そうね……。ちょっと勉強の仕方を変えたほうがいいのかも……」


 そういってナターシャは石板と石筆を持ち、部屋を出る。


「タケル! 出かけるよ!」

「出かけてどうするのさ?」

「街中で会話を再現するの。そうすれば、実践的な勉強になれるかなぁって」


 そういってナターシャは、草薙の手を取って、部屋の外に連れ出す。


 そのまま活気ある商店街を歩き、色々な文章を石板に書いていく。


「『その青いリンゴを四つください』……は、これか?」

「うん、その通り! いい感じだねっ」


 いろんな場面の様々なシチュエーションを、文章に置き換える練習をしていく。


 夕方になって屋敷に戻れば、カルナス子爵邸にある本を数冊音読する。


「『神と人の間に生まれた半神半人の彼は、騒乱の戦いへと身を投じていく。その戦いこそ、黄昏の戦争である』……。これでどう?」

「その通りよ。だいぶ様になってきたね」


 基礎の繰り返し。それが上達のコツである。


 このような生活を二週間ほど続けると、だいぶ語彙や文章が出てくるようになってきた。


「……これでどうだっ」

「正解! よく頑張ったね、タケル!」


 かなり読み書きができるようになった草薙。ちょっとした自信が出てくるだろう。


「いや、ここで満足するのはまだ早い……。試験日までじっくり勉強していかなければ……」


 そういってブツブツと本の続きを音読する。


 草薙の行動は、これまでの人生の経験に基づいている。何事にも中途半端に器用であるため、中級者以上になることが出来なかった。そしてどれだけ頑張っても、中級者以上になれない。そのような苦しみを常日頃から味わっていたため、草薙としてみればもはやコンプレックスに近いだろう。


 だからこそ、初心であることを捨て、常に鍛錬を怠らない精神が彼には宿っている。それだけが彼の原動力なのだ。


「あんまり根を詰めすぎないほうがいいよ?」

「分かってる。けど、こればっかりは反復練習を繰り返さないといけないから」


 そういって草薙は、菜種油で灯された小さな炎の明かりだけで、本をむさぼり読むのだった。


 そしてさらに二週間後。試験当日がやってくる。冒険者ギルドに再び足を運んだ草薙とナターシャ。


 冒険者ギルドの入口には、ギルド長とミゲルがいた。


「よく来たな、タケル。試験を受ける準備は出来ているか?」

「はい」

「武力試験をパスできるほどの実力を持っているんだ。学力試験もなんとかなるさ」


 ギルド長の確認と、ミゲルからの激励。草薙は一層気を引き締めた。


 ギルドに入り、二階へと移動する。そして小さい会議室のような場所に案内される。


「ここで試験を受けてもらう。時間は一時間。正答率七割で合格判定だ」

「結構難しかったりするけど、大丈夫?」

「……多分」

「よろしい。さぁ席に座ってくれ」


 席に座ると、紙とペンが目の前に置かれる。


「では試験を開始する。問題は口頭で読み上げる」


 そういってギルド長は、横にいるギルド職員に目配せをする。


「それでは試験を開始します。次に読み上げる文章を文字に起こし、計算しなさい」


 ギルド職員は一呼吸置き、問題を読み上げる。


「冒険者のゲインは、王都からエルケスまで休まずに歩いてちょうど三日かかる。ある日、早馬に乗って休まず移動した所、ちょうど半日で到着した。この時、ゲインの歩く速度と、早馬の速度を求めよ。ただし、王都からエルケスまでは二八八キロメートルとする」


 問題文を書き起こしたところで、草薙は心の中でずっこけた。


(これ、易しい計算問題じゃん……)


 文章書き取り問題も文章自体の問題も、かなり難易度が下げられているように感じるだろう。


(これ、普通に計算すれば時速四キロメートルと時速二十四キロメートルだよな……? 安産でも求まるけど、一応計算しておこ……)


 計算ミスがないように、解答用紙の空白に簡単な計算を書く。日数に二十四を掛け、距離で割られるようにすると、時速換算の数字が出てくるだろう。


(間違ってない、よな……? なんか不安になってきたぞ……!)


 だが、試験開始十分で問題文の書き起こしと計算問題が終了した。とにかく、これで提出するしかない。


「すみません……。終わったのですが……?」

「もう終わったのか? ずいぶんと早いな」


 ギルド長が感心したような表情をする。その一方で、ギルド職員はちょっと驚きつつも草薙の解答用紙を回収していくのだった。


「では結果が出るまで、外で待機していてくれ。とはいっても、ほんの数分くらいだろうがね」


 そのまま草薙は会議室を出る。外の廊下では、ナターシャとミゲルが一緒に待っていた。


「タケル! もう試験終わったの?」

「そうだと思う……。あまりに拍子抜けしすぎてて、まだ試験が続いているんじゃないかって思っている……」

「いや、学力試験はこの程度の問題さ。君は間違っていない」


 ミゲルが補足するように言う。


「学力試験とは名ばかりで、言われたことを言われた通りにできるかどうかを確かめている節があるからね」

「それ試験って言えるんですか……?」


 そんな話をしていると、会議室からギルド長とギルド職員が出てくる。


「タケル、結果が出たぞ」


 草薙は思わず身構える。


「何、緊張することはない。合格だ」


 あっさりとした合格発表に、またもや拍子抜けする。


「え、てことは……?」

「君を冒険者として認定しよう」


 ギルド長からの言葉に、草薙は無意識に小さくガッツポーズをしていた。

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